7 花嫁はお嬢様
午後はお散歩がてら、竜族の森を案内してもらった。
明るい日差しに豊かな緑が風に揺れて、なだらかな草原には野花が咲いている。
竜族の森は不気味な夜の姿と違って爽やかな雰囲気ではあるけれど、やはり普通の森とは訳が違う。岩の上や木陰の彼方此方には、大小様々な竜たちが悠然とくつろいでいるのだ。ミランダは竜を見つけるたびに、恐怖で身体が竦んだ。
ルシアン曰く、この森の竜は人間を食べないということだが、鋼のような皮膚に鋭い牙と爪は、やはり恐ろしく感じる。
ルシアンは気軽にペチペチと竜に触って、竜も犬や猫のように「クー」と鳴いて頭を擦り付けている。
「ずいぶん懐いているんですね」
「配下だからな。懐くというより、忠誠を示しているんだ」
ルシアンの後ろに完全に隠れながら、ミランダはなるべく早く見慣れようと、竜の顔を間近で観察する。ルシアンを見上げると、神秘的な黄金の瞳は竜と同じ色だった。
「竜たちにもミランダを紹介せねば。ほら、竜王の花嫁だぞ~」
まるで親族に紹介されているようでミランダは赤面する。
どうやらルシアンはミランダが生贄として来たと聞いても、花嫁を貰ったという認識は変わらないようだった。
罪人としてどこにも行く宛てのないミランダはベリル王国に突き返される様子もなく、ほっとしていた。
アルルは籠を手に先を歩き、途中で野苺を摘んだりハーブを採ったりしている。
「アルル君、何を採ってるの?」
「夕食に使うハーブですよ。これで肉の臭みを消したり、ソースを作ったりします」
「お夕食はアルル君が作るの?」
「お料理はルシアン様がお上手ですので、僕はお手伝いです」
ミランダは花嫁らしく「自分が作る」と言いたかったが、貴族の邸で育ち、上げ膳据え膳の生活をしていたミランダには料理の知識が何もなかった。
「私もハーブを採るのを手伝うわ。これと同じ草を集めればいいのね」
ミランダはせめて役立とうと腕まくりをして、草を摘み集めてきた。
が、アルルは籠を手で塞いだ。
「あ! それは毒草ですから、入れてはダメですよ」
「え!?」
「葉の形は似ていますが、根に毒があるので」
ミランダは恥ずかしさで真っ赤になって、草をそっと地面に戻した。
それを見ていたルシアンはミランダの手を取って、丁寧に土を払った。
「ああ、花嫁殿の手が汚れてしまったではないか」
「ハーブと毒の見分けもつかないなんて、私は世間知らずですね」
「そんなお嬢様が毒物を精製できるわけがないな」
「本当に……聖女フィーナもジョゼフ王太子も、私を買いかぶりすぎです。私には毒薬を作る知識も無ければ、他人に投与する度胸も無いのに。ましてや魅了の魔力だなんて……」
皮肉を言いながら落ち込むミランダを、ルシアンは微笑んで見下ろしている。
「俺がその瞳に魅了されているのだから、竜族には特別に効くのだろう」
「そ、そうでしょうか」
ミランダは照れて、目線を外した。
「私たち人間の中にもルシアン様ほどではないですが、ごく稀に能力を持つ者がいます。聖女フィーナのように」
「予知の力か」
「はい。数々の災害や事故を予知するだけでなく、ジョゼフ王太子によると、伏せたカードやポケットの中身も当ててしまうそうです」
「ほ~。なかなかに便利だな」
「皆が盲信する能力者の言うことですから、誰も私の無罪など信じてくれません」
ミランダは俯いた後、ルシアンを見上げた。
「ルシアン様は私を信じてくれますか?」
ルシアンは自信に満ちた顔で、にやりと笑う。
「勿論、花嫁を信じるさ。それにさっきの毒草を間違って俺に食わせても、それくらいでは死なないから安心するがいい」
頼もしく宣言して、もう一度ミランダの手の土を払うふりをして、そのまま手を繋いでいた。
冷たく傲慢な雰囲気の顔に似合わず、ルシアンの手は温かい。それどころか熱いくらいだ。ひょっとして、内心では自分と同じように緊張しているのではないかとミランダは考えて、笑みが浮かんでしまう。
行きがけに恐ろしく見えた森に棲む竜たちも、帰り道では不思議と可愛らしく見えていた。