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34 壺に満たすは

 転がる壺を前に、静まり返る場でシダは続けた。


「その壺いっぱいに、貴方の血液を頂戴しよう。私はユークレイス王国にて竜族の生態を学んだのだ。竜と竜王の身体には、生物を治癒する血液が流れていると。まさに奇跡の万能薬なのだ!」


 シダの思わぬ要求にミランダは愕然とし、カシュカも目を見開いてシダを見た。

 シダはルシアンを指してさらに声を高めた。


「さらに竜王の血には、竜を蘇らせ生き存えさせる力がある! 竜王にはできるはずなのだ。この竜を蘇らせることが!」


 集団は互いの顔を見合わせている。どうやらこの情報と目的はシダだけが隠し持っていたらしい。カシュカは動揺したままシダに問うた。


「シ、シダ様? 僕は竜王様の血が竜の蘇りに必要だなんて、聞いていません。それに、あれだけ大きな壺を血で満たすなどと、竜王様とはいえ命が持たないです!」

「カシュカよ。竜王は人の形をしているが、中身は人間ではないのだよ。何しろ子どもの頃から血を抜かれ続けても死ぬことがなかったのだから、不死身なのだ」


 ミランダは身の毛がよだった。ルシアンを苦しめた拷問の日々を、このシダという男は知っているのだ。もしや拷問を下した張本人なのではと憎悪が湧いた。

 今やシダの頭上には、ミランダが今まで見たことがないほどの大きな黒い炎が立ち上り、シダという人物の内面の醜悪さを現していた。


 だがルシアンは壺を眺めた後に、場の緊迫した空気を壊すような、間の抜けた溜息を吐いた。


「はあ~。ユークレイスで竜族の生態を学んだだと? 出鱈目だらけではないか。まず竜が人間を治癒できると言うのは歪曲だ。数ある竜の中でもそんな力を持つのはほんの僅かだし、効能も微弱だ。なのに人間どもは竜への過剰な期待と思い込みのもと、数千年かけて竜を狩り尽くし、絶滅寸前にまで追い込んだのだ」


 ルシアンは改めて周辺の景色を見回した。


「数千年前には世界中に竜がいたし、この辺りにもいただろう。現にアンタレスはここで脱皮したわけだしな。だがお前らの先祖である人類が竜を狩って食い尽くしたのだ。永遠の不老長寿を夢見て」


 カシュカは信じられない、という顔で首を振った。


「そ、そんなまさか。だって神話では竜は国の守り神だって……」

「だからフィクションだと言っただろう。病や老いから守られるという意味で祀っていたのだろう。竜が身を挺して人間の国を守るなどと、夢そのものだ」


 ルシアンは地面に転がる壺を足で突いて続けた。


「それに俺は不死身ではない。失う血にも限度がある。そもそも絶滅しかけて危機感を覚えた竜が、人間から竜の血を引く竜族を作り出し共存という道を開いたのだから、竜族も竜王も半分人間だ」


 そして皮肉に笑って見せた。


「どうやってその役割を選んでいるのか知らんがな。かつてユークレイスの先祖が竜と共存の契りを交わし、今尚、先祖返りのように竜族が生まれるが……俺は望んで竜王に生まれたわけではない」


 ミランダは自身も知らなかった竜と人類の歴史の真実を重く受け止めた。人間はなんて身勝手なのだろうか。一方的に狩り、望み、そして契りまでも裏切った。ルシアンが人間に不信感を抱くのはご尤もだと消沈した。きっとこれらの歴史はあの竜王城の図書室にある秘密の書棚に記されているのだろう。


 カシュカもミランダと同じようにショックを受け、そして恥じているようだった。青い顔で俯き、堪えきれずにシダを振り返った。


「シダ様。もうやめましょう。竜王様は本当のことをおっしゃっているはずです。竜の抜け殻に血を与えても、蘇るわけがありません。我々は神話を都合良く解釈して、ありもしない希望に縋ってしまったのです!」


 カシュカの正論が癇に障ったのか、シダはカシュカの下に寄ると、激しく頬を打った。

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