33 野望の抜け殻
シダは激しく息を切らせながら、ルシアンの後ろまでやってきた。よほど慌てて追いかけて来たらしい。
「はっ、はぁ、はぁ、りゅ、竜王様、ご覧ください」
ルシアンはシダが指す先にある窪みの中の巨大な竜を、目線だけ動かして一瞥した。
シダはルシアンに近づかないよう迂回しながら窪みの横に付き、両手を広げた。
「これが数千年眠り続けた我が国の守護神、煉獄の竜です! どうか貴方様に触れていただき、目醒めさせていただきたいのです!」
シダの興奮した言葉に被せて、ルシアンは冷たく言い放った。
「これはアンタレスの抜け殻ではないか」
「は?」
集団もシダもミランダも、意味がわからなかった。
ミランダはアンタレスを知っているので、確かにこの眠る竜はアンタレスに大きさも姿も似ているとは思ったが、抜け殻という表現はまるで蝉や蛇の殻のようだ。
全員がポカンとしているので、ルシアンは面倒そうに説明した。
「アンタレスの本体は竜族の森にある。これは抜け殻で魂がないと言っている」
「は、はあ?」
シダはキレ気味に眠る竜を指した。
「抜け殻だと? 嘘を吐け! ちゃんと肉体があるではないか!」
確かにシダの言う通り、空っぽの抜け殻と違って眠る竜には重みがあって、筋肉や骨の質感がある。
ルシアンはもう一度竜に目線を落として説明した。
「アンタレスは数千年もの時を生きる竜だ。その生涯で何度か老いた身体を捨てて蘇るのだ。死の間際に吐く炎から新たな身体を作り出す。遥か昔にこの場所で古い身体を捨てたのだろう」
ルシアンは周囲の山々を見回した。
「この山の湿度と温度がたまたまその抜け殻を腐蝕≪ふしょく≫させずに保ったのだな。珍しい現象だ」
シダもカシュカも集団も、唖然とした。
ミランダもこれがまさかアンタレスの身体そのものだとは信じられなかった。
シダは怒りと失望から、体を震わせて声を張り上げた。
「嘘だ……出鱈目だ! この竜を見つけ出すのにどれだけの金と労力がかかっていると思っている! 地中を透視する能力者を高値で雇って、何十年も掛けて発掘したのだぞ!」
「それはご苦労だったな。だが抜け殻には違いない。王国の神話はフィクションだったと認めて諦めるんだな」
竜王にあっさりと否定されて、シダは遠目にあるミランダから見ても異常な量の汗をかいているのがわかる。きっと竜の存在の意義は、シダの人生そのものなのだろう。受け入れ難い現実に全力で抵抗していた。それはカシュカも同様で、気の毒なほど動揺しているのがわかる。
ルシアンは溜息で苛立ちを吐いた。
「わかったら俺の花嫁を解放しろ。傷一つでも付けたらお前ら皆殺しにするぞ」
その脅しは空の轟と竜王の鋭い眼光を以て本気度が伝わり、ミランダを囲っていた何人かは怖気付いて後退した。
ナイフを首に当てている男は柄を持つ手が大きく震えていて、ミランダは息を飲んだ。
「ふ、ふ……はははっ!」
シダは狂気を孕んだ笑い声を上げた。
「竜王よ。私にはわかっているぞ。貴方はその体に秘められた力を隠すために、嘘を吐いているのだと」
シダは別の男が持っていた布の包みを奪うように取ると、中身を開けてルシアンの足元に向けて投げた。
ミランダが驚いて目で追うと、それはゴロゴロと転がって着地する、真鍮でできた大きな壺だった。
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