29 カシュカの願い
カシュカは驚いた顔で首を振った。
「恨みなどと、とんでもない! 僕たちは竜の神話を信奉する団体です。我が国に眠る竜を復活させるために、竜王様のお力をお借りしたいだけなのです」
対面に座る二人の男も頷いた。
ならば何故、カシュカにも男たちにも悪意の黒い炎が見えるのだとミランダは問い正したかったが、カシュカは申しわけなさそうに頭のスカーフを外した。
黒いモヤは先ほどより小さくなっているが、やはりハッキリと見える。
「奥様は悪い人の印が見えるとおっしゃっていましたね。それはきっと、僕たちの罪悪感だと思います。国を守るためとはいえ、奥様に怖い思いをさせてしまったので」
カシュカに聞きたいことは山ほどあるが、ミランダはカシュカが手にする牡丹色のスカーフが気にかかっていた。被れば悪意の炎を隠せて、外せば現れる。そのためにカシュカの真意が見抜けなかったのかと考えると、悔しくて仕方がなかった。
カシュカはミランダの視線に気づいて、スカーフを広げて見せた。
「僕の曾祖母は加護の能力を持っていたそうです。とはいえ、刺繍にまじない程度の力を込めるだけなのですが……」
カシュカは悲しげに目を伏せた。
「このスカーフの力は微力で、国境の町を襲った隣国の部隊から両親の命を守ってくれなかった。だけど、今回は竜王の花嫁が持つ能力を防いでくれました。これもすべて、竜の導きとしか思えない」
カシュカは信奉者らしき陶酔した眼差しでスカーフを見ている。
ミランダは性別も目的もすべてが嘘だったカシュカへの不信感でいっぱいだったが、両親を失った酷い過去には同情してしまう。まだ十五歳の少年が侵略される自国を憂いて、もしくは隣国への復讐のためか、神話に縋って竜の復活を信じているのだ。
悲しい顔になるミランダを励ますように、カシュカは力強く続けた。
「竜はあくまで神話であって、この国に実在しないと思っていますか? 竜は本当に眠っているのです。恐ろしく巨大な竜が。きっと竜王様なら、その眠りを目醒めさせることができるはずなのです」
ミランダはカシュカの確信的な言葉が嘘ではないように感じた。カシュカが竜を語る時、頭上の黒い炎は綺麗に消えるのだ。
ルシアンが接触することでその竜が目醒め、ガレナ王国を守ってくれるなら、カシュカと同じようにミランダも希望が持てる。
だが……。
ミランダは対面に座る男二人を横目で見た。
悪意の炎をモヤモヤと現しながらこちらを凝視する眼は狂信的な光を宿していて、不穏な予感を覚えずにはいられなかった。
「カシュカさん。ならば何故、ルシアン様に直接お願いしなかったのですか? こんな方法を取らなくても……」
カシュカは言いにくそうに答えた。
「ガレナ王に知られるわけにはいかなかったのです。竜神話派の代表であるシダ様は、ガレナ王の政策では国を救えないとお考えなのです。勿論、僕は孤児になった自分を雇ってくれたガレナ王に感謝をしていますが、シダ様は両親が惨殺された時に瀕死だった僕を保護してくださった恩人です。僕はその御恩に報いたいのです」
ミランダは竜神話を信奉する団体がガレナ王政と対立的な関係にあると考え、より不安が大きくなった。
カシュカがどこまでそのシダという代表の考えを理解しているかわからないが、もしかしたらシダには竜を使って王政を転覆する目的があるのかもしれない。
ガレナ王に招待されたルシアンがそんな怪しい団体に協力するとは思えず、ミランダは誘き寄せの餌になってしまった自分を改めて悔いた。
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