27 花嫁の誘拐
「おっと。ここに雷を落として我々が意識を失ったら、竜王の花嫁の行方はわからなくなりますよ?」
ドオン、と衝撃音がして、ホテルの真横に落ちた雷は地面を揺らした。
ホテル内の客や従業員が悲鳴を上げて、シダの両隣の男たちも肩を竦めて後ずさった。
だがシダだけは一人、歓喜するように震えて自分の両肩を掴んでいる。
「なんて威力だ。本物だ!」
「ミランダはどこにいる」
2度目の質問は同じ台詞だが、ルシアンの殺意に近い怒りが伝わって、シダはルシアンにお辞儀をしながら手を差し出した。
「これから奥様のもとへご案内します。我々は竜の神話の信奉者であって、竜王様の奥様を傷つける目的はありません。ほんの少し、貴方様にご協力いただきたいことがあるのです」
「俺の協力を仰ぐのにミランダを誘拐したのか?」
「誘拐などと……一足先に待ち合わせ場所にご案内しただけですよ。さあ、馬車へどうぞ」
シダがルシアンを誘導すると、仲間の男が周囲を見回した。
「子どもがいないぞ。小さな子が一緒にいたはずだが」
ロビーを探そうとする二人の男の背中に、ルシアンは声を掛けた。
「アルルのことか。奴は臆病な子どもだからな。お前らの姿を見て逃げてしまった」
シダは舌打ちをして男二人を引き戻した。
「子どもなどどうでもいい。これ以上騒ぎにならないうちに引き上げるぞ」
ホテルのロビーは兵士二人が床に寝転んでいる姿を不審に思い、客と従業員が騒めいている。
シダが先を歩きホテルの出口に向かい、ルシアンは男二人が背後に付くかたちでシダに付いて行った。
ホテルの外には黒塗りの馬車が用意されていた。
シダが乗り、ルシアンも続いて乗車した。ルシアンの隣に男の一人が座ろうとしたので、ルシアンは男を睨んだ。
「俺に近づくな。男と並んで座る趣味はない」
一人で椅子を占領するルシアンの尊大な態度に、男は萎縮して身を引いた。シダが端に詰めて、ルシアンの対面に男三人がギュウギュウに並んで座ることになった。
馬車が発車すると、窮屈に身を縮めたシダは悲哀を込めた声でルシアンに語りかけた。
「あのカシュカという者は可哀想な子でしてね。八つの時に両親が隣国との諍いに巻き込まれて殺されたのですよ。本人も大火傷を負いまして」
ルシアンは恐ろしい竜の目でこちらを真っ直ぐ見ているが、黙って話を聞いている。
シダは掠れる声で続けた。
「瀕死のあの子を瓦礫の中から見つけて助けたのは我々でした。無事に育ってガレナ王に雇われ、こうして宮廷を通じて竜王と我々を引き合わせる役目を果たしてくれたのですから、あの子との出会いは竜のお導きだったのでしょう」
「竜のお導きだと? 竜が人間を導くなどあるものか」
ルシアンの呆れ顔にシダは余裕の笑みを見せた。
「我々が竜の神話を信奉するのは、この国に竜が実在するからです。これから竜王様には我が国を守護する竜にお会いしていただきます」
不気味な予告をするシダは、窪んだ目の奥を光らせていた。
第2巻発売を記念して、毎日更新中!
「生贄にされた私を花嫁が来た!と竜王様が勘違いしています」2巻電子書籍をよろしくお願いします!