26 怪しい集団
アルルはホテルに入る客を観察しながら、ウロウロとベンチの周りを歩いた。
その後ろで、二人の兵士たちは微動だにせず立っている。
「遅いですね、お妃様。よほどお腹が痛いのでしょうか」
「ウム~」
プルートがまたリュックから顔を出したので、アルルは押し込めながら化粧室の方向を窺った。
ベンチに座っているルシアンは珍しく欠伸をして、それを噛み殺した涙目で頬杖を突いている。
「ルシアン様、眠そうです。興奮して夜更かしなんかするから」
「うむ……。アルルよ、ちょっと覗いて来てくれ」
「えっ? 僕が女性のお化粧室に? い、嫌ですよ!」
ルシアンはアルルが被っているスカーフを綺麗に巻き直した。
「大丈夫だ。可愛い女の子に見えるぞ」
「そんなわけないですっ……」
アルルの反抗はルシアンが肩を掴んで、強制的に回れ右をさせて中断させた。
「さあ、早く」
強引な主の命令にアルルはぶすっとした顔で、だが忠実に従って化粧室に向かった。
アルルの背中が化粧室に入って見えなくなったのと同時に、ルシアンの後ろでドシャッ、と重い物が落ちる音がした。ルシアンが驚いて振り返ると、兵士の一人が地面に倒れ、続けてもう一人もフラフラと地面に膝を折って倒れた。
ルシアンはすぐにベンチから離れて化粧室に向かって走ったが、化粧室からはアルルが血相を変えて向かって来た。
「ルシアン様! お妃様とカシュカさんがいません!」
ルシアンがもう一度兵士が倒れている方を向くと、そこには見覚えのない男が三人、立っていた。
三人とも黒いスカーフを頭に被り、口元にも巻かれていて殆ど顔が見えない。まるで制服のように同じ黒い服で揃えているが、明らかに宮廷の使者ではない、如何わしい雰囲気が漂っている。
真ん中の初老の男は至極丁寧にルシアンに向かって礼をした。
「お初にお目にかかります、竜族の王よ。私はシダ・スヴァリと申します」
ルシアンは眉を顰めて歯軋りをした。
「誰だお前は? ミランダとカシュカはどこへ行った?」
男たちとルシアンの間に緊張が走り、轟音と共に外は豪雨に見舞われた。ゴロゴロとホテルの真上で燻る雷の音に両端の男二人は動揺して天井を仰いだが、真ん中にいるシダは感嘆の溜息を吐いた。
「素晴らしい。貴方様はやはり竜王だ。神話の通り、天候を操り雷雲を呼ぶ。それに……」
シダは足元に転がる兵士二人を見下ろした。
「カシュカは兵士たちと貴方様に遅効性の睡眠薬を茶に混ぜて飲ませたはずなのですが……効かなかったようですね。さすが竜王の御身体」
ルシアンの今にも噛みつきそうな睨みを制止するように、男は掌をこちらに向けた。
「おっと。ここに雷を落として我々が意識を失ったら、竜王の花嫁の行方はわからなくなりますよ?」
ドオン、と衝撃音がして、ホテルの真横に落ちた雷は地面を揺らした。ホテル内の客や従業員が悲鳴を上げて、シダの両隣の男たちも肩を竦めて後ずさった。
だがシダだけは一人、歓喜するように震えて自分の両肩を掴んでいる。
「なんて威力だ。本物だ!」
「ミランダはどこにいる」
2度目の質問は同じ台詞だが、ルシアンの殺意に近い怒りが伝わって、シダはルシアンにお辞儀をしながら手を差し出した。
「これから奥様のもとへご案内します。我々は竜の神話の信奉者であって、竜王様の奥様を傷つける目的はありません。ほんの少し、貴方様にご協力いただきたいことがあるのです」
「俺の協力を仰ぐのにミランダを誘拐したのか?」
「誘拐などと……一足先に待ち合わせ場所にご案内しただけですよ。さあ、馬車へどうぞ」
シダがルシアンを誘導すると、仲間の男が周囲を見回した。
「子どもがいないぞ。小さな子が一緒にいたはずだが」
ロビーを探そうとする二人の男の背中に、ルシアンは声を掛けた。
「アルルのことか。奴は臆病な子どもだからな。お前らの姿を見て逃げてしまった」
シダは舌打ちをして男二人を引き戻した。
「子どもなどどうでもいい。これ以上騒ぎにならないうちに引き上げるぞ」
ホテルのロビーは兵士二人が床に寝転んでいる姿を不審に思い、客と従業員が騒めいている。
シダが先を歩きホテルの出口に向かい、ルシアンは男二人が背後に付くかたちでシダに付いて行った。
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