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6 薔薇とパン

 翌朝——。

 柔らかな朝日と鳥の囀を浴びて、ミランダは目を覚ました。


 室内に詰め込まれた美術品が明るく輝いていて、ここは竜王城だったと思い出す。

 雑多な物を避けながら窓辺に近づくと、土砂降りだった雨は霧雨となっていて、森は明るく見えた。


 ベッドサイドには水や洗面道具などが揃えられていた。

 ミランダは顔を洗い、髪をとかして身支度を整えると、客室の扉をそっと開けた。


 城の階下から、賑やかな声が聞こえてくる。


 床に置かれたオブジェを避けながら、ミランダは忍び足で階段を降りてみた。


「ルシアン様、雨が弱まりましたよ! こんなお天気は何年ぶりでしょうか!」

「ああ。雨雲が何故か薄くなっているようだな」


 ルシアンとアルルがロビーの大きな窓に(かじ)り付いて、外を眺めていた。よほど珍しい天気らしい。


「あの……おはようございます」


 ミランダが階段の手摺(てす)りに掴まったまま小声で挨拶をすると、ふたりは高速で振り返った。


「おお、朝日の中の花嫁殿!」

「わぁ~、夢じゃなかったですね!」


 ルシアンは珍しいものを見つけたみたいにミランダに近づいて、瞳を輝かせていた。


「陽を浴びて咲いた薔薇も美しい」

「あ、ありがとうございます」


 そう言うルシアンこそ、全身が光り輝いて黄金の瞳が神々しい。

 ミランダは冷静になった分、昨晩よりも混乱していた。

 竜王の角も、尖った犬歯も、明らかに人外である特徴は迫力があって気圧される。


  自分は花嫁として城に迎えられたらしいが、朝食で自分が食材にならないとも限らない。

 南瓜を丸噛りしていた巨大な竜を思い出して、ミランダは恐怖で唾を飲み込んだ。


「お妃様! 朝食のご用意ができていますよ」


 アルルが食堂に案内してくれて、ミランダは後を付いていった。

 自分を乗せる生贄の皿がありませんように……と願いながら、食堂へと続く廊下を歩いた。


 食堂に辿り着くと室内はやっぱり物だらけだが、美しいシャンデリアや背の高い窓が朝日で輝いていて、もともとは素敵な内装なのだろうとわかる。

 大きなテーブルには綺麗な白いクロスが掛かっており、その上には彩り豊かな朝食が用意されていた。


 ふわふわのオムレツと、温野菜にハーブを添えたお皿。

 その横には、柔らかそうな艶のあるパンと沢山の果物……。


 久しぶりにまともな食卓を目の当たりにしたミランダは、思わず釘付けになった。


 アルルはミランダの椅子を引いて座らせると、温かなスープを配膳し、楽しそうに給仕をしている。


「僕が野菜を蒸して、ルシアン様が卵とパンを焼きました!」

「え? 竜王様が自らパンを焼くのですか?」

「はい。ルシアン様はケーキもお肉も焼きますし、お料理が得意です」


 アルルは声を潜めて、ミランダの耳元に近づいた。


「僕がこの城に来てから、ルシアン様は料理を勉強してくださったのです。子供に栄養が必要だからって」


 ミランダが驚いてアルルを見ると、満面の笑みで口元を押さえていた。


「余計な事を言うなって怒られちゃいますが、今日のパンの形……」


 言われてパン皿を見下ろすと、それは見事な薔薇の形だった。


「ミランダ様をイメージしたんだと思います」

「そ、そうなのかしら。嬉しいわ」


 自分を生贄として食べるどころか、優しくおもてなししてくれる竜王とアルルに、ミランダは祖国で聞かされていた竜族の凶暴なイメージとのギャップに混乱しつつも、胸が温かくなっていた。


 


 ルシアンとアルルも席に着いて、物が(あふ)れる明るい部屋で、和やかな朝食の会となった。


 ミランダが薔薇のパンをそっとちぎると、まだほんのりと温かい。

 あの牢獄の、石のように固い無味無臭のパンと違って、ふわっ、と良い香りがする。

 お腹が(いや)しく鳴ってしまいそうで、ミランダは慌ててパンを口に含んだ。


 柔らかい甘みが口いっぱいに広がって、ほっぺがジ~ンと震えている。


「お……おいひぃ!」


 お行儀が悪いと思いつつも、歓喜のあまりつい声を漏らしてしまった。

 正面の席で食事をしていたルシアンはこちらに笑顔を向けて、ミランダは照れ笑いをした。


 黄金色のスープは野菜が優しく溶け込んでいて、お腹が温かくなる。

 ふわふわのオムレツは濃厚な卵にほのかにミルクとスパイスが香って、(とろ)けるほど美味しい。


 最初は少しずつ味わっていたミランダだが、途中から(せき)を切ったようにお皿に齧り付いて、夢中で食べてしまった。獄中での栄養不足を取り戻すように、身体が食べ物を欲している。


 ルシアンはフォークを皿に置いてこちらを眺めているし、隣のアルルは口を開けて自分を見上げている。しかしミランダは猛烈な食欲をどうしても止めることができず、涙目で朝食を頬張り続けた。



 食事の後のお茶の席で、ミランダは真っ赤になって俯いていた。

 ルシアンとアルルはにこやかだが、きっと異常な食べっぷりだと思ったに違いない。

 ミランダは思わず、言い訳が口をついてしまう。


「あ、あの、獄中の食事が酷かったので、つい……」

「獄中??」


 ルシアンが目を丸くしていて、ミランダはしまった、と肩を竦めた。

 竜王は自分を花嫁だと思っているのに、獄中はおかしい。辻褄(つじつま)の合わない状態に観念して、ミランダはルシアンに生贄となった経緯を正直に説明することにした。



 説明の途中でルシアンは立ち上がり、盛大にティーカップを倒した。

 生贄の祭壇にミランダが捧げられた理由に、激昂(げっこう)したのだ。


「こんな可憐な乙女を、竜の餌にだと!? ベリルの王族どもは頭がおかしいのか!?」


 その瞬間、薄ら晴れていた外は猛然と雨が降り出して、雷が鳴り響いた。

 暗転した室内に走る稲妻がルシアンの影を映し出し、金色の瞳が竜の(ごと)く光っている。


「人肉を食わせて我ら竜族を手懐けようとは、愚かな王族どもめ。永遠の洪水で国土諸共滅ぼしてくれようか。それとも、幾万もの雷で焼き尽くしてくれようか!」


 ミランダはルシアンの怒りを身体全体でビリビリと感じて、圧倒された。

 人肉を食べなくても人間と国を滅ぼすなど、竜族には簡単にできるのだ。だから周辺の国は貢ぎ物をし続けて対立を避けているのだと、ミランダは理解した。


 城の近くの大木に激しい雷が落下して、轟音(ごうおん)が鳴った。

 アルルは慌てて立ち上がる。


「ルシアン様、落ち着いてください! 城に落雷したら大変です!」

「う、うむ。しかしだな、乙女を生贄にする蛮国(ばんこく)なんぞ、滅ぼすべきじゃないのか!?」

「確かにおっしゃる通りですが! 滅ぼしちゃダメです!」


 アルルに(なだ)められながら、ルシアンは必死に怒りをコントロールしようとしている。

 天候を操るルシアンの感情は雨や嵐を起こし、この城の被災は城主の情緒に左右されているようだ。


 ミランダも立ち上がって、慌ててフォローした。


「あの、でも、こうしてお城に保護して頂いて、本当に助かりました! それに、薔薇のパンもオムレツもすごく美味しくて……嬉しかったです!」


 ルシアンはハタと頬を赤らめると、澄ました顔をして優雅に座り直した。


「コホン。それならいいが……花嫁殿には、ゆっくり休んでほしい」


 外の雨が弱まり、太陽が照り出して、アルルは安堵した。

 そしてミランダを見上げて、悪戯っぽく笑った。

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