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25 秘密の通路

「綺麗なお手洗いで安心しました。カシュカさん、お気遣いありがとう」

「いいえ。奥様を不潔な場所にお連れするわけにはいかないですから。このホテルは父が取引していたので、オーナーに頼んで確保していたのです」

「そうだったのね。とても綺麗なホテルね」


 化粧室は広く、いくつかある個室は清潔に保たれており、大きな窓の向こうの中庭には植物が繁っていた。

 鏡の前で手を洗うミランダの横で、カシュカは中庭を指した。


「奥様。昨晩召し上がった杏は覚えていますか?」

「ええ。赤カブの中に入っていた果物ね。甘酸っぱくて美味しかったわ」

「あれが杏の木ですよ。あの小さなオレンジの実です」

「まあ! 可愛い実が鈴なりだわ。あれが杏なのね」


 美しく整った中庭には噴水もあり、ミランダは興味津々で身を乗り出した。


「あの中庭にはホテルの厨房が管理する貴重な果物の木や花が植えてあるので一般客は立ち入りできないのですが、実は秘密の扉があるのですよ」

「秘密の扉?」


 キョトンとするミランダに、カシュカは「しー」と唇に指を当てて、個室のトイレの横にある小さな扉を開けた。

 それは掃除具入れのように見えたが、中には細長い廊下が続いていた。


「まあ! 隠し扉みたい」


 ミランダはあの竜王城の図書室の秘密の扉を思い出して、ワクワクしていた。


「ここは従業員だけが知っている、中庭に続く廊下なんです。庭師に杏を貰って戻りましょう。竜王様もビックリされますよ」

「うふふ。まるで手品みたいね」


 ミランダはカシュカの後に付いて、細い廊下を歩いた。

 天井が抜けていて外廊下のようになっている通路はとても狭く、人が一人通れるくらいだ。何度か右折をしながら円を描くように移動しているのがわかる。


 キョロキョロしながら歩くミランダに、カシュカが背中を向けたまま話しかけてきた。


「奥様はお買い物がお上手ですね」

「そうでしょうか。市場は良い品ばかりでしたわ」


 カシュカは笑顔で振り返って、首を振った。


「いいえ。市場は勿論、良い品が沢山ありますが、悪い品や商人も山ほどいるのですよ。奥様がそんな店に騙されないよう、私は目を光らせていたのですが……驚くほど勘が良いのですね。さすが竜王様の花嫁です」

「い、いえ、たまたまですわ」


 ミランダは人の頭上に見える黒い炎のモヤモヤで良い商人と悪い商人を見分けていたが、それをカシュカに説明するのは突拍子もない気がした。


 カシュカは立ち止まり、振り返った。


「もしかして、奥様には特別な能力があるのではないですか? この国でもたまに不思議な力を持つ者が現れるので、〝神のギフト〟と呼ばれています。西大陸でも同じようにギフトを持つ者がいると聞きます」


 カシュカの鋭い質問に、ミランダは狼狽えた。


「えっと、ギフトというほど大層なものではないのです。その……悪い人の頭の上に黒い印が見えるというか」


 そう説明しながら、ミランダはじわりと妙な感覚を覚えていた。


 立ち止まっているこの場所から、中庭までまだたどりつかないようだ。近そうに見えた場所に対して、歩きすぎている気がしていた。


 だがカシュカはそんなミランダの違和感を他所に、おどけたように自分の頭を指した。


「それは立派なギフトですよ! 私の頭はどうですか? 悪い人の印はありますか?」


 ミランダはカシュカの牡丹色のスカーフに包まれた頭上をじっと見た。黒いモヤモヤはまったく見えないので、改めて安心して笑顔になった。


「いいえ。カシュカさんの頭上には何もありませんわ。心から優しくしてくださっているのがわかりますもの」

「そうですか。では、私の曾祖母は本物のギフトを持っていたということですね」

「え?」


 カシュカは出会ってすぐに、その牡丹色のスカーフは曾祖母が刺繍したものであり、祈りが込められていると言っていた。

 ミランダにはカシュカの言葉の意味がわからなかったが、カシュカがゆっくりとそのスカーフを頭から外したので、ミランダの顔はみるみるうちに青ざめた。


 スカーフを外した黒髪のカシュカの頭上には、真っ黒なモヤモヤが炎のように立ち上っていたのだ。

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