23 良い商人と悪い商人
「カシュカさんのおかげでガレナ王国の観光が何倍も楽しいわ。若いのに宮廷で働いて立派ですね」
ミランダの言葉にカシュカは照れている。
「いえ。織物職人の父が宮廷と取引していたので、娘の私はコネで雇ってもらっているだけです。西大陸の言葉が喋れるのは珍しいので」
「まあ。お父様も宮廷でお仕事なさっているのね」
カシュカは気まずそうに微笑んだ。
「私の両親は事故で亡くなったので、父が取引していたのは昔の話です。身寄りのない私をガレナ王が雇ってくださいました」
ミランダは驚いて口を押さえた。アルルもハッとしてプルートを抱きしめている。
「ご、ごめんなさい。そうだったのね」
「いいえ。もう随分前のことですし、こうして通訳をしているおかげで竜族の皆様ともお会いできたので、父に感謝しています」
ミランダは思わず隣に座るルシアンの手を握った。それまでぼうっと馬車の外を眺めていたルシアンもカシュカに目をやった。
カシュカは空気を盛り上げるように、明るい声で告げた。
「さあ、もうすぐ市場に着きますよ! 美味しい出店も沢山ありますし、お買い物を楽しみましょう!」
ガレナ王国の城下町で開かれる市場には織物や金物、装飾品や書物などが所狭しと広げられている。
音楽を奏で曲芸をする者たちもいれば、大鍋で豪快に調理する店もあって、賑やかな人とスパイスの香りが入り混じった異国情緒に富んだ空気が溢れていた。
ミランダとアルルは見たことのない、しかし物語を読みながらいつも想像していた景色に魅入った。
「わあ、宝飾品が沢山あるわ! 見てください、あの綺麗な首飾りを!」
「お妃様! 剣や盾も売ってますよ! あっ、竜の兜だ!」
ミランダとアルルが右往左往して興奮する様子をルシアンは微笑んで見守っている。
少し離れた場所で兵士たちが護衛しているが、なるべく自然に買い物ができるように配慮してくれていた。
舞い上がって隣の店を覗こうとするミランダに他所見をしている商人がぶつかりそうになったので、ルシアンは慌ててミランダの身体を抱き寄せた。
「人が多いから俺からあまり離れちゃだめだ。ここには悪どい商人も紛れているらしいから」
「ありがとうございます。でも、私には見えるから大丈夫ですよ」
「ん?」
ミランダは満面の笑みで自分の頭上を指した。
「頭の上に黒い炎のモヤモヤが。だから悪い商人と良い商人を見分けられます!」
「ほお。それは凄い」
ミランダは三軒隣の露店を指して小声で伝えた。
「あのお店はきっと、悪い商売をしています。お客さんが来るたびに黒いモヤモヤが出ますから」
「ハハハ。ぼったくり店か。ミランダの能力は便利だな」
それでも心配で手を繋ぐルシアンに、ミランダははにかんで微笑んだ。
アルルはカシュカと一緒に屈み込んで、ズラリと並んだ剣を夢中で見ている。
アルルが背負っているリュックにはプルートが入っており、時折蓋の隙間から外を眺めて顔を出す。
「ウムゥ」
アルルはリュックにプルートを押し込めながら、剣に魅入っていた。
「凄いです。格好いいです! この剣はあの物語の主人公が持っていた剣とそっくりです!」
目を輝かせて一本の剣を掲げるアルルに、カシュカは耳打ちした。
「アルルさん、お目が高いですね。この剣の細工は私も見事だと思います」
二人の会話の後ろにルシアンがやって来て、店主に声を掛けた。
「この剣はいくらだ」
店主に言われた金額を渡して、剣はあっさりとアルルの物になった。
「ルシアン様! こんなに高い物をいいんです!?」
興奮して剣を抱えるアルルの頭にルシアンは手を置いた。
「ああ。ここはぼったくり店じゃないみたいだから。その代わり危ないから、俺が扱いを教えるまで鞘から刃を抜くなよ?」
「はいっ! 絶対抜きません!」
幸せそうに剣の鞘に頬擦りするアルルを見て、ミランダも心がほんわかしていた。
竜王城での生活も楽しくて幸せだが、こんなふうに異国の文化に触れながら散策するのはまるで宝探しのようで新鮮だ。
「あ! 奥様! あのお店の菓子が美味しいのですよ!」
カシュカの声を皮切りにミランダの食いしん坊スイッチが入り、そこから怒涛のおやつタイムが始まった。
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