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21 夜は嵐のように

 ミランダは寝室に足を踏み入れて、語彙力をさらに失った。


 キングサイズのベッドはやはり神秘的なベールの天蓋で飾られており、繊細な金細工のランプシェードが妖しげな光の模様を天井に映し出していた。月明かりで青白く浮かぶ部屋はお香の煙が漂って、只事ではないロマンチックぶりが演出されている。


「それでは竜王様、奥様。おやすみなさいませ」


 侍女が下がって、口を開けたままのミランダと、さっきからずっと無言のルシアンが残された。


「す、凄いですね。えっと、凄く綺麗な寝室ですね……」


 ミランダは心臓がバクバクと飛び跳ねている。激しく緊張しながら隣のルシアンを見上げた。


 が、ルシアンは片手で口を覆って俯いている。


「えっ!? ルシアン様、どうされたのです!? もしかしてご気分が悪いのですか!?」


 心配して覗き込むと、ルシアンは気まずそうに目を逸らした。


「いや……大丈夫だ……少し酔ったというか……」


 ミランダは先ほど、ルシアンが怪しい盃で強い酒を飲まされていたのを思い出した。


「やっぱりあのお酒が強かったのですね? どうしましょう。気持ち悪いですか?」

「俺は滅多に酔わないし毒も効かない体質なんだが、あれは強烈だ。酒の中に漢方が入っていた」

「漢方??」

「植物の根や種を調合したものだ。体が無害な薬だと判断して吸収してしまった」

「く、薬ですか?」

「うむ。精力増強剤だ。あのジジイ……」


 ミランダは一瞬頭が真っ白になった後、真っ赤になった。

 ガレナ王の破廉恥すぎるお節介に絶句してしまう。


 互いに無言になった寝室の外で、妙な音が聞こえてきた。


 ヒュウ、ザザザ、ヒュウウ。


 それはだんだんと大きくなって、中庭の草木を強く揺らし始めた。時折ゴオと渦巻くような竜巻のような音もする。


「か、風が急に吹いてきましたね。まるで台風みたいな……」


 ミランダは言いながらハッとした。ルシアンは片手で顔を隠しながら必死で何かに集中していた。


「ルシアン様が風を?」

「怖がらせてすまない。すぐに止めるから大丈夫だ」


 苦しそうにこちらを見下ろした黄金色の瞳は潤んでいて、ルシアンも赤面していた。その表情があまりに色っぽく可愛かったので、ミランダは胸がキュンと疼いた。

 顔を覆っている腕をそっと掴んで下げさせると、ルシアンの顔をミランダも潤んだ瞳で見つめた。


「風は怖くありませんから、無理に止めないで。あの、どうしたら楽になりますか? お水をお持ちしますから……」


 言葉の途中でルシアンの黄金の瞳が燃え上がるように煌めいたので、ミランダは呑まれて言葉を止めた。

 ルシアンはミランダの頬にそっと触れながら、優しく唇を重ねた。ルシアンの熱い唇に自分の体温もつられて上昇するような錯覚を覚えて、ミランダは情熱的なキスに溺れるように夢中になっていった。

 寝室を包む嵐の音が二人を盛り立てる囃子のようで、自分もその風の一部になったように地面を見失う感覚に陥る。


 気づいた時には柔らかなベッドの上で熱いキスが続いていたが、ふいに自分を覆う体が離れた。

 そっと目を開けると、ルシアンがベッドに手をついたまま自分を見下ろしていた。悔しそうに眉を顰めて、唇は強がるように苦笑いしていた。


「ミランダ。おやすみ」


 まるでいつものおやすみのキスでした、と言わんばかりの不自然な台詞の後に、スーッと姿勢良く立ち上がると、どこか遠くへ目線を置きながら呟いた。


「腹立たしいからな。あのエロ狸ジジイに導かれるなんて」


 ミランダはルシアンの豹変ぶりに唖然とすると同時に、狸姿のガレナ王が浮かんで急に可笑しくなっていた。

 さっきまで、このままもしかして……とときめいていたミランダだったが、確かに狸王の導きで初夜を迎えるのは複雑な気分だ。


 ルシアンが枕を持って踵を返したので、ミランダは慌ててベッドから身体を起こした。


「ルシアン様、どこへ!?」

「俺はあっちのリビングで寝る」

「そ、そんな。ちゃんとベッドで寝てください!」


 ルシアンは振り返ると、恐ろしい竜の目で本音を溢した。


「無理だ。嵐で宮が壊れるぞ」


 嵐の音が大袈裟ではない真実味を表していて、ミランダはそのまま行ってしまったルシアンの背中を止めることができなかった。


 ミランダはしばらくの間、宙に手を翳したまま固まっていたが、身体の力がストンと抜けて仰向けにひっくり返った。脱力した全身とは裏腹に心臓は跳ね続けて、ルシアンの情熱的なキスと熱い吐息と体温と香りと……脳内ですべてを繰り返し再生していた。


「ああああ~……」


 爆発しそうに赤面しながら手触りの良いシーツにグルグルに包まれて、ミランダは嵐の中で一人悶え続けた。

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