20 宮廷料理の花
透明なガラス皿の上には、赤色の花が見事に咲いている。
花弁を模して薄くスライスした赤カブが胡桃や杏を包み、中を磨りガラスのように美しく透かしていた。
「こ、これは、あのレシピのお料理ですわ!」
ミランダが挑戦して大流血となった宮廷料理の、まさに正解を出されていた。あまりに繊細な細工に感嘆の息を吐くミランダの顔をルシアンは笑っている。
「随分と難しいレシピに挑んだんだな。一流のシェフじゃないとこんな芸当は無理だ。もっと簡単な練習から俺と一緒に始めよう」
「ルシアン様と一緒に? はい。そうしたいです」
心が嵐のように乱れたあの日が嘘のように、ミランダは安心と幸せで満ちていた。
はたしてどんな料理なのか。ずっと謎に包まれていた赤カブの花を、ミランダは黄金の箸で解して口に運んでみた。
甘酸っぱくフルーティなカブは絹のように薄い食感で、本当に花弁を食べているような錯覚を起こした。花の中の瑞々しい杏と胡桃の香りが未知のハーモニーを奏でていた。
ミランダはその感動を瞳の輝きでルシアンに伝えた。
そうして終始見つめ合う二人を、正面に座るガレナ王は興味深く観察している。
「竜王様と奥様はなんて深い愛で結ばれておるのじゃ。竜族の繁栄にとっても素晴らしいことですな! おい、あれを持て!」
王様は手を叩いて侍女を呼び、しばらくの後、侍女は金色の急須をしずしずと運んできた。ルシアンに盃を渡すと、トロリとした液体を注いで下がった。
「……これは?」
ルシアンの訝しげな顔にガレナ王は豪快に笑いながら、自分も同じ盃を手に持った。
「ガレナ王国秘伝の祝い酒じゃ! こんなにめでたい日はこれに限るわい!」
ガレナ王が宙で乾杯をしてグッと飲み干したので、ルシアンも同じように飲んだが、妙な顔をして無言になった。
ミランダも侍女から盃を受け取ったので戸惑いながら口元に運んだが、ルシアンが耳元で囁いた。
「飲むふりをするんだ」
ミランダは驚いて、言われた通り盃を傾けて口を閉じた。唇に触れた部分が熱く感じる。どうやら度数の高い酒のようだ。
ガレナ王は二人が盃を飲んだのを眺めて、より一層愉快に笑った。
豪華絢爛な宴を終えて、竜族一行は離れの宮に戻って来た。
珍しいご馳走と踊りと音楽で、酒を飲んでいないミランダとアルルも酔い心地で上機嫌になっていた。
夜の宮は昼とはまったく違う顔に変化していた。
透明なベールが室内を飾って神秘的な夜を演出し、ジャスミンの花が彼方此方に散らされて宮に香りが満ちている。
「まあ! なんて素敵な演出なの。物語から現れた景色みたい!」
感激するミランダを、灯りを手にした侍女がにこやかに案内した。
「奥様。寝室はこちらになります」
同時にアルルとプルートも別の方向に案内された。
「それでは竜王様、お妃様。プルートは僕が面倒をみますので、ごゆっくりお休みくださいね」
「ウム~」
「アルル君、ありがとう。プルートちゃんもおやすみなさい」
寝室に向かって侍女の後を付いていくうちに、ミランダは夢心地から現実に頭が醒めていった。
新婚旅行なのだから当たり前だが、ルシアンとミランダの寝室は同室で用意されていた。
「えっ……わ……わぁ……」
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