18 竜神話の真偽
「わあ~、良い香り!」
ミランダが案内された浴室は大衆浴場のように広く、天井は高く吹き抜けだった。大きな浴槽には花々がたっぷりと満たされている。
ミランダが何もしなくても、侍女たちが服を脱がせて髪を纏めてくれる。手際の良さにまるでお姫様になったような気分で、花の浴槽に浸かったミランダはうっとりとした。
カシュカは湯番ではないのでここにいないが、簡単な言葉で侍女たちと会話をしながら、ミランダは贅沢なお風呂の時間を堪能した。
侍女たちは終始浮かれてルシアンを話題にしている。
「奥様は竜王様に心の底から愛されていて羨ましいですわ!」
「本当に。あんなに素敵な男性のただ一人の花嫁だなんて、素晴らしいですわね!」
ミランダはガレナ王国が一夫多妻制であるために女性が抑圧されているのではと思っていたが、美女たちは目を爛々とさせながら、有能な殿方の妻になるのがどれだけの名誉であるかを語ってくれた。
この国の女性同士の結束力は強く、妻がそれぞれ女性専用の宮や浴室を財産として所有できたりと、家庭内での地位も高いのだという。
「ガレナの女性たちは仲が良いのね。世界にはいろんな幸せがあるのだわ」
ミランダは自分が知らない愛と家族の形に感心した。
体と髪を丁寧に洗ってもらって寝台に案内されると、香油を使ったオイルマッサージを施された。
「いろんなお花の香り……まるで花園のよう」
「これは女性の魅力を高めるために、ジャスミンやムスクなど数種類の精油を調合した特別な香油なのです。竜王様もきっとお気に召しますよ」
「そうね。きっとルシアン様もお好きだわ」
女性たちが腕によりを掛けたマッサージは極楽の気持ち良さで、ミランダは花の香りに身体が溶け込むような快感を味わった。
♢♢♢
ルシアンとアルルはカシュカに案内してもらい、ミランダが入浴を終えるのを待って中庭を散策していた。
「こら、プルート! 野草を食べちゃダメですよ」
「ウムウムッ」
プルートは手当たり次第に味見をするように野草をちぎり回り、アルルは慌てて抱き上げた。ルシアンは生い茂る葉の香りを嗅いだ。
「ほう。初めて知る香りだ」
カシュカは嬉しそうに野草の前で手を広げた。
「これはコリアンダーという香菜です! 我が国では料理に欠かせないハーブなんですよ。夕食の料理にもふんだんに使われているので、竜王様にも是非ご賞味いただきたいです!」
「ふむ。楽しみだ」
饒舌なカシュカの案内にルシアンは言葉少なに答え、そんなやり取りをアルルはさりげなくフォローしながら付いてくる。
「カシュカさんが詳しく説明してくれるから、僕はガレナの文化が知れて嬉しいです」
「アルルさんはガレナ王国の文化や歴史を沢山勉強してらっしゃいますね」
「はい。〝異国の竜の物語〟を愛読していますので」
カシュカは満面の笑みになって胸に手を当てた。
「私も大好きです! あの物語はガレナ王国の神話をもとに作られていますから、国民にとっても馴染み深い本なのです」
カシュカは舞い上がってルシアンを振り返った。
「竜王様は、我が国に竜がいると思いますか!?」
「ん?」
それは神話に登場する救世主の竜を指しているようだ。数千年眠っていた竜が目を覚まし、このガレナの地を救うという内容だが……。
「あれはフィクションだ」
ルシアンの夢のない答えにカシュカが固まって、アルルが慌てて援護した。
「フィクションとも言い切れないじゃないですか! もしかしたら本当に眠る竜がいるかもしれません」
ルシアンは白けた顔で首を振った。
「人間が竜に変身したり、竜たちと友情を結んだり、ましてや竜が自らの意思で人間の国を救うなどと、神話に書かれていることはすべて有り得ないフィクションだぞ」
竜王に現実を突きつけられてガクリと項垂れるカシュカを見て、アルルは狼狽している。
「も、も~。ルシアン様は浪漫がわかってないですね。ガレナの神話は部分的にリアルな描写がありますから、大昔に竜族を知る人が作ったのかもしれませんよ?」
ルシアンは何かを言いかけたが、ふん、と口を噤んだ。
アルルは話題を変えようとカシュカを促した。
「カシュカさん、あちらの花壇を見てもいいですか? 僕、花の種類にも興味があります」
「はい、勿論ご案内します!」
向こうに行ってしまった二人の背中を見送って、ルシアンは湯気が登る浴室の建物を振り返った。花嫁がいない不安と、湯番の侍女たちへの仄かなやきもちが混ざった顔で溜息を吐いた。
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