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17 異国のお風呂

「は~、まったく。想像通りに強引な王だったな」


 ルシアンはガレナ王のテンションに疲れたように自分の肩を解している。

 あれから長々とガレナ王による〝ガレナ王国が如何に素晴らしいか〟という宣伝演説が続き、竜族一行は長話からやっと解放された。

 一方でミランダはハーレムの心配がなくなって、すっかり機嫌が直っていた。長い廊下を歩く足取りも軽い。


「でも、ガレナ王国が豊かで文化に富んだ美しい国なのは確かですわ。周辺国の侵略の問題さえなければ大きな内紛もなく、王政は安定しているようです。王の手腕は確かなのでしょう」

「まあな。ガレナ王の豪快な性格は国民にも慕われているらしい。国土の資源から得る富も独占せずに国民に還元し、福祉も充実しているからな」

「素晴らしいですわ。王様は朗らかで親しみやすい方でしたし、国民を大切にしてらっしゃるのですね」


 通訳のカシュカに案内されながら宮殿の外の広大な庭園に出ると、宮廷内にはそこ彼処に離れの宮が建っていた。

 竜族一行のために用意されたのは静かな緑の中にある来賓用の宮で、豪華な庭付きの戸建てだった。


 見事な建造物の中には家具と美術品が揃い、緻密な刺繍が施されたファブリックや金細工の飾りで輝いていた。どれもガレナ王国の文化を余すことなく表現している。

 部屋はリビング、寝室、浴室の他にも多目的の部屋がいくつもあり、アルルはプルートと共に探索して回った。


「はあ~、凄い広さですね。まるで小さな城です!」


 アルルが興奮する様子を、通訳のカシュカは微笑ましく見守っている。


「竜族の皆様、お茶のご用意ができました。どうぞごゆっくりお過ごしください」


 離れの宮には沢山の世話役の侍女たちが揃≪そろ≫っており、お茶を淹れたり多様な菓子を運んだりと、まるで王様のように世話を焼いてくれる。


 ルシアンは居心地が悪そうにお茶を飲んだ。


「いつもは自分たちで淹れるからな。他人が大勢いるのは慣れない」


 カシュカは驚いて顔を上げた。


「竜王様がご自分でお茶を? お茶がご趣味でございますか?」


 ルシアンが言葉に詰まったので、アルルが代わりに答えた。


「ルシアン様はお茶だけでなく、お料理もされるのです。僕たちのためにいつもお世話してくれるのですよ」


 カシュカは尊敬の眼差≪まなざ≫しでルシアンを見つめた。


「竜王様自らお世話をなさるなんて、さすが竜族の王。先進的なお考えなのですね」


 ミランダは初対面の少女との会話に戸惑うルシアンの顔が新鮮で、笑いを堪えていた。

 カシュカは十五歳の女の子で、幼い頃に西大陸に住んでいたらしい。露出のない質素な服はガレナの色っぽい美女たちとは対照的に素朴な印象だが、頭に被っている鮮やかな牡丹色のスカーフが可愛らしい顔を華やかに見せている。

 ミランダはスカーフの見事な刺繍に釘付けとなった。


「カシュカさん、素敵なスカーフをお召しですね。ガレナの伝統的な刺繍だわ」

「はい! これは曾祖母が縫ったもので、祖母と母、そして私へと受け継がれました」

「ガレナの刺繍や織物には、お祈りが模様の形となって縫われているらしいですね」

「はい。奥様はお詳しいですね。この刺繍は災いを避ける文字が模様になっていて、お守りなんです」


 カシュカはミランダに親しみを込めた笑顔を向けた。


「奥様。お夕食の前にお風呂は如何ですか。ガレナは刺繍や織物と同じくらい、お風呂が名物なんですよ。入浴のおもてなしをご用意していますので」


 カシュカの後ろで湯番の色っぽい侍女たちが自信に満ちた顔で頷いている。お風呂が好きなミランダは目を輝かせた。


「まあ! ガレナのお風呂ってどんなでしょう。入ってみたいわ」


 湯番の侍女たちは待ってましたと集団でミランダを囲み、浴室に連れて行こうと案内した。が、ルシアンが慌てて立ち上がった。


「ちょっと待て! 全員で風呂に入るのか? こんな人数で?」


 困惑するルシアンにカシュカが笑った。


「侍女たちは奥様のお体やお髪を洗ったり、オイルマッサージを施すためにご一緒するのですよ」


 その言葉にミランダはさらに笑顔になった。


「オイルマッサージ? 楽しみですわ」


 楽しそうな女子たちの中で、ルシアンだけが面食らっている。


「オ、オイルマッサージって……その……」


 赤面する様に侍女たち全員が笑い出し、カシュカは丁寧に説明した。


「香油はガレナ王国の名産品で、女性のお肌を美しく磨く作用があるのです。湯番の侍女たちはマッサージのプロですので、奥様にも是非その技術を堪能していただきたいのです」


 さらに浴室の方を指して加えた。


「この離れの浴室は誰も近づけない構造になっていますし、外では兵士が護衛していますのでご安心ください」


 理詰に突っ込みようのないルシアンにミランダは近づいて、さらに耳打ちでダメ押しをした。


「ルシアン様。私はこのガレナ王国に入国してから、一度も黒いモヤモヤを見ていないのですよ」


 ルシアンはハッとした。悪意を具現化して感じ取るミランダの特殊な能力は、確かにこれだけの人数に会っても悪意が見えなかったようだ。


「ガレナ王国の方は皆、竜王様と私たちを心から歓迎してくださっていますから、大丈夫です」

「う、うむ。そうか」


 ルシアンは止める理由を完全になくして座り直した。作り笑顔でこちらを見ているアルルから目を逸らして、寛大な竜王を演じた。


「では……お言葉に甘えるとしよう」

新作の連載が完結しました。お読みいただけたら嬉しいです!

「宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜」

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