5 良き貢ぎ物
目的の竜王城に到着して、ミランダはふらふらとした足どりのまま、竜から降りた。
そして目前にある丘を見上げて、さらに驚きの声を上げた。
「ええ!?」
真っ黒な森の奥深く。丘の上には、立派な古城が聳え立っている。
歴史を感じる重厚な造りの城はゴシック調のデザインの窓や扉で飾られて、窓の奥には住居らしく灯りが揺れていた。
だが、不思議なことにその城の頭上には雨雲が留まっており、城にだけ土砂降りの雨が降っているのだ。
まるで大きなシャワーを浴びる城、という異様な景色だが、竜王ルシアンは真顔のまま慣れた手つきで傘を出すと、ミランダの上で開いた。
「あ、あの、竜王様。お城に雨が降っていますが……」
「ああ。気にしないでくれ。俺は天候を操る力があって、いつもこうなんだ」
「竜王様自ら、ご自分の城に雨を降らせているのですか?」
「まあ、わざとじゃないんだが」
ミランダは腑に落ちないが、ルシアンが完全に傘からハミ出ているので、なるべく寄り添って城に入った。それでもルシアンはびしょ濡れだ。
「ルシアン様、おかえりなさい!」
扉を開けると予想外なことに、城の中から小さな子供が迎えてくれた。
銀色の髪が肩まである、青い瞳の可愛い子だが、男の子のようだ。リボンの付いたシャツにショートパンツを合わせて、やはり貴族の子供のような格好をしている。
「わっ!?」
ミランダを見て男の子はひっくり返りそうなほど驚いて、すぐにルシアンを見上げた。
「ルシアン様! どこから攫って来たんですか!? まさか人間の女性を誘拐するなんて!」
「アルル。人聞きの悪い事を言うな。ミランダは花嫁として竜王に捧げられたのだ」
「花嫁!?」
アルルと呼ばれる男の子は唖然とした顔でミランダを見つめている。信じられない、という顔だ。
確かに、ミランダにもこの展開が信じられない。何せ竜の生贄として食べられるためにこの森にやってきたのに、竜王は美麗な人型だし、お城はあるし、ご家族までいるし。
「可愛い弟さんですね」
「いや、弟ではない。配下のアルルだ」
「配下……」
よく見ると、アルルの銀色の髪の両サイドにも小さな角があった。
アルルは幼いながらも、貴族のように丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、お妃様。僕は一番新しい捨て子です」
ミランダがギョッとすると、ルシアンがアルルを制した。
「アルル。余計な事を言うな」
「はい、ルシアン様」
ふたりの妙な会話も気になるが、それよりもミランダは、城の内部の惨状に驚いた。
古めかしくも立派な城の内部は、ありえないほどに物で溢れていたのだ。
芸術品と見られる銅像、絵画、壺や陶器をはじめ、大量の本に燭台。椅子はデザイン違いで無数にある。足の踏み場も無いとはこの事だ。
「ルシアン様……すごい物の数ですね」
「ああ。これらはすべて、貢ぎ物だ。多数の国から竜王に捧げられるのでな」
確かにどれも高級な物らしいが、貰った物をすべて詰め込んだ結果、城が物置状態になっているのは気にならないのだろうか。
美し物好きなミランダは内心モヤモヤとするが、ひとまず竜に食べられることなく、城に入れてもらえたのはありがたい。
ほっと安堵の息を吐いた途端に、ミランダは腰が砕けるように倒れた。
「ミランダ!?」
ルシアンが血相を変えて支えてくれたおかげで、頭を打たずにすんだ。
「すみません。ちょっと安心したら、疲れが……」
獄中生活の間、不眠の上に食事もろくに摂れなかったミランダは、精神的な疲弊も相まって限界がきていた。
力の入らない体は突然、グンと軽くなる。
ルシアンの両腕に抱かれて、宙を浮いていた。
一見スラリとした竜王の予想外の力強さと、急激に近づいた温かい胸や端整な顔に、ミランダは鼓動が跳ねるように緊張した。
ルシアンは竜王らしく毅然として、アルルに命令を下した。
「アルル! 寝室の用意を! 花嫁の具合が悪い!」
「はい!」
他所のお宅に来てすぐに寝るのも申し訳なく感じて、ミランダは慌てた。
「いえ、大丈夫です……」
「大丈夫ではない!」
アルルが急いで駆け上がる階段を追ってルシアンも2階に上がるが、床に置かれた邪魔なオブジェに何度も躓いている。ミランダは照れと危なっかしさでドキドキしながら運ばれて、客室と思われる部屋に到着した。
広々として明るい内装の部屋だが、ここも物がギッシリだ。
だが中央にはふかふかの大きなベッドが置かれており、ミランダはそっとベッドに寝かされた。
「あ、ありがとうございます。重かったでしょう?」
「何を言う。花嫁を運ぶのは、婿の役目だ」
格好付けた傲慢なドヤ顔は美しくて、勘違いとのアンバランスさにミランダはクスクスと笑う。ルシアンはその様子を嬉しそうに眺めながら、ミランダの額に触れて熱を確かめた。
「花嫁殿が笑うと、花が咲いたようだな。竜王城に薔薇が咲いたぞ。アルル」
後ろから覗き込んでいるアルルも頷いた。
「本当ですねえ。ルシアン様。良き貢ぎ物を頂きましたね」
「よし、お茶と着替えと食事と……花嫁の為に用意が必要だ!」
ルシアンとアルルは張り切って、躓きながら部屋を出て行った。
シンとした客室で、ミランダは横になったまま、呆然と赤い顔をしていた。
ランチプレートの生贄から竜王の花嫁というトンチンカンな状況なのに、自分に触れるルシアンの綺麗な指や、温かい掌や、素直な褒め言葉がミランダを優しく包み、同時に胸を高鳴らせていた。
雨音と鼓動の中で抗いようのない眠気に誘われて、ミランダはぐっすりと眠りに堕ちていった。




