15 美女の大歓迎
客船は順調に航海を進め、予定通りに快晴の朝にガレナ王国の港に到着した。
港に降り立ったアルルは、輝かしい笑顔で景色を一望した。
竜族の森からは見たことがないような赤い山々が連なって、砂漠の国らしく乾いた風が吹いている。
港で船を迎える人々は皆エキゾチックな民族衣装を着ていて、まさに〝異国の竜の物語〟を現実世界に再現したような景色がそこにあった。
「うわあ~、これがガレナ王国! 異国の地! 僕の想像の通りです!」
アルルは嬉しさで身震いして後ろを振り返ると、フードを被らず堂々と立つルシアンと、その横にはプルートを抱っこした笑顔のミランダがいる。
だが、ミランダの目は赤く腫れて、まるで泣きはらした後の顔だ。
「……あの、お妃様? そのお顔はどうされたんです?」
「な、何でもないわ! 昨晩は楽しみすぎて眠れなかったみたい」
ルシアンはそんなミランダの顎を指で支えて上に向かせると、腫れた目蓋をつぶさに見つめた。
「俺の花嫁は目が腫れても可愛いが」
チュ、チュ、と左右の目蓋にキスをすると、ミランダの熱を持った目蓋は不思議と沈静した。
「うむ。もっと可愛くなった」
「ルシアン様ったら」
ハネムーンらしく熱々で見つめ合う二人をアルルは眺めていたが、背後からやたらと大きな音が鳴って、飛び上がった。
ジャーン! ジャーン! ジャジャジャジャーン!
「な、何だ!?」
ルシアンもミランダも驚きのあまり仰け反った。
前方から大量の人たちが列を成して、楽器を打ち鳴らしながらこちらに近づいて来る。踊る人、駆け寄る人、両手を上げて何やら叫んでいる人。
お祭りのように押し寄せたそれは自分たちを歓迎する人々だと気づいて、ミランダもアルルも思わずルシアンにしがみついた。熱烈な歓迎だが、叫んでいる言葉が異国の言葉なので部分的にしか理解できず、三人は熱気に囲まれて戸惑った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 迎えも歓迎も必要ないと伝えたはずだが……」
ルシアンの制止の言葉は人々に通じず、爛々とした笑顔で花を差し出しながら、我先にとルシアンの腕や肩を触り出した。警備を担う兵士たちは人の波を制御しようと必死だが、圧倒的な勢いに流されている。群衆の殆どが着飾った美女たちで、港は嬌声で溢れ返った。
「きゃあ、ルシアン様!」
ミランダは何とか腕にしがみつこうとするが、美女の波は後ろからさらに人数を増やして揉みくちゃとなった。ミランダとアルルは警備に守られながら外側へと押し出され、人が集まるルシアンから離れていった。背の高いルシアンの居場所はわかるが、近づけないほど美女が群がっていた。
アルルはくしゃくしゃになった髪のまま呆然としている。
「うわあ~、ルシアン様が食べられちゃうみたい」
確かに群がる美女の真ん中に埋もれていく様は捕食されているようにも見えて、ミランダはカッと体が熱くなっていた。嫉妬が身体中を巡って、自分でも信じられないほど大きな声を出していた。
「竜王様から離れなさい!」
ガレナ語の一喝は港に大きく響き渡り、美女たちは一斉にミランダの方へ向いた。
仁王立ちしたミランダは髪が逆立ちそうなほど興奮した状態でこちらを睨んでいる。
「私が竜王様のただ一人の花嫁です!」
その迫力に美女たちは仰け反って固まった。
ミランダはプルートをアルルに預けると集団にズンズンと近づき、人の海を割るように道ができていった。
唖然とした花まみれのルシアンのもとに辿り着くと強く腕を引き寄せて密着し、ミランダは竜の如く吼えた。
「私の竜王様に勝手に触るなんて許しません! 下がりなさい!」
目を見開いたままの美女たちは勢いに押されて後退し、まるでごめんなさいというふうに掌を合わせてミランダを拝んだ。
アルルとプルートも離れた位置から目の当たりにした光景に、口をあんぐりと開けた。
「わあ~、お妃様が一番強い!」
「ウム~!」
宮廷が寄越した豪華な馬車の中で、ミランダは真っ赤になって俯いていた。
沢山の人の前であんなに感情を露わに叫んだのは生まれて初めてだったのだ。しかも鬼の形相で。さぞ恐ろしかったに違いない。
恥ずかしさで消沈するミランダの横で、ルシアンは満足そうににやけていた。
「ふふふ……ムキになったミランダは何て可愛いのだ。俺のために怒鳴ったのだぞ」
見ればわかる状況をアルルに自慢している。
「はい。凄い迫力でした! さすが竜王の花嫁ですね」
アルルの真面目な返事にミランダはますます紅潮した。
「二人とも忘れてください……あんなみっともない姿……」
「みっともないものか! 訳もわからず人波に飲まれた俺を助けてくれたのだ。下がりなさい! とな」
ルシアンがビシッと手を横に振る真似をしたので、ミランダはたまらず顔を覆った。
「ルシアン様? 私はハーレムを断ってくださいと言ったはずですが」
恨みがましく指の間から睨む視線にルシアンは慌てた。
「いや、断ったぞ! 俺は花嫁と一緒に新婚旅行で訪れるのでハーレムは遠慮すると。だいたい派手な迎えもいらないとガレナ語で書いたはずなんだがな」
アルルは笑っている。
「ガレナ王はきっと竜王様が遠慮していると思ったんでしょうね」
「参ったな……てんで話が通じない気がしてきた」
馬車を取り囲むド派手なパレード状態を背景に、ルシアンは前途多難な王との面会を予感していた。
新作の連載が完結しました。お読みいただけたら嬉しいです!
「宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜」
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