12 異国のハネムーン
それから一週間後――。
旅の準備を終えて、ルシアンとミランダ、アルルは玄関先でメアリーに見送られていた。しばらく竜王城を留守にする間、メイド長のメアリーに城の管理を任せることになったのだ。
「まあ、まあ! 竜王様が旅行に行かれるなんて立派になられて!」
感激するメアリーにルシアンは居心地が悪そうにしている。
「大袈裟だな。たかが近隣国への旅行に……」
「スファレ公国以外の国にお出かけするなんて、引きこもりが治った証拠ですよ! 私は嬉しくて」
メアリーはハンカチで目元を拭うと、ミランダに頭を下げた。
「お妃様。どうか竜王様をお願いしますね。なに分、遠出に慣れていませんから」
「メアリーさん。私もあまり旅の経験が無いのですが、アルル君もいるし大丈夫ですよ」
ルシアンは咳払いをしてスコーピオを呼んだ。
「ではメアリー、竜王城と竜たちを頼んだぞ」
「ええ、お任せください! 留守番がてら城内をピカピカにお掃除しておきますから」
後ろに控えるメイド集団も敬礼して竜族一行を見送った。
スコーピオはルシアンとミランダ、アルルを乗せて空へ飛び立った。手を振るメアリーと竜王城がどんどん小さくなって、スコーピオは竜族の森を出て東の港を目指して飛んでいく。
「ルシアン様。ガレナ王国までスコーピオで飛んで行かないのですか?」
「俺やアルルは大丈夫だが、遠距離の飛行はしんどいからな。ミランダが疲れてしまわないように、船で向かう」
「船の旅だなんて素敵ですね。竜王様と一緒に船旅ができるなんて、私は幸せですわ」
ルシアンはその言葉を噛み締めるようにミランダを後ろから抱きしめた。
「俺もだ。花嫁と一緒の旅がこんなに幸せなだなんて、知らなかった」
アルルは先頭でスコーピオの手綱を持ちながら、ミランダに上手く乗せられるルシアンの様子にほくそ笑んでいた。
港の近くでスコーピオから降りて豪華な客船に乗り換えると、甲板の上からミランダとアルルは竜王城に帰っていくスコーピオに手を振った。
快晴の青空の下、輝く海に出航する客船は大きく汽笛を鳴らした。ミランダとアルルはその音に盛り上がってはしゃいでいる。
「陸がどんどん小さくなっていくわ。見渡す限りの青い海!」
「僕、船に乗るのは初めてなんです! 海って広いですね!」
彼方此方と見学して回るハイテンションの二人を他所に、ルシアンはマントのフードを被ったまま、船の端のベンチで小さくなっていた。賑う乗客たちの中で一人気配を消して、まるで影のようだ。
「ルシアン様? 大丈夫ですか? もしかして船酔いですか?」
ミランダが心配して近づくと、ルシアンは周囲を伺いながら首を振った。
「いや……元気だ。ミランダはアルルと船旅を楽しんでくれ」
スコーピオの上にいる時は元気だったはずが、乗船した途端にルシアンのテンションは駄々下がっていた。
ミランダは肩を落として、海を眺めるアルルのもとへ戻った。
「アルル君。ルシアン様が角を隠して影のようになってしまったわ。やっぱり大勢の人間の前で正体を現したくないのね」
「うーん。この港では周辺国の貴族達が乗船しますから、もしかしたらユークレイス王国の国民に会うことを避けているのかも」
ミランダはルシアンがユークレイス王国に生まれ、異形の子として迫害されながら育ったことを思い出した。
「そうよね。自分を酷い目に合わせた国の民に会ったら、辛い過去を思い出してしまうものね」
ミランダはベンチに向かって駆け出すと、ルシアンの腕を取って立たせた。
「ルシアン様。客室に行きましょう! 船のお部屋を見てみたいわ」
「ん? ああ、そうだな」
ルシアンを連れてミランダは客室に向い、アルルも後ろから付いて来た。
船旅は一泊の予定だが、客室は広く豪華だった。初めて船に寝泊まりするアルルは瞳を輝かせている。
「わ~っ、船の中とは思えないお部屋ですね! まるでホテルです!」
ルシアンもやっとフードを下ろしてくれたので、ミランダはほっとした。
アルルは一通り客室を探索すると、船員が運び入れてくれた大きなトランクを開けて中の荷物を取り出し始めたが……。
「うわ!?」
アルルは途中で尻餅をついて転び、震える手でトランクを指した。ミランダが驚いて中を覗くと、トランクに詰められた服がモコモコと動いている。続けて、プルートがヒョッコリと顔を出した。
「ウムー!」
「きゃあ!? プルートちゃんが!」
ミランダとアルルが呆気に取られていると、ルシアンはお茶を淹れながら横目で見た。
「ああ。アルルが荷造りをしている最中に潜り込んでいたぞ」
「え! ルシアン様はご存知だったのですか!?」
「どうせ引っ張り出しても飛んで追いかけて来るだろうから放っておいた。トランクの中にいれば静かだしな。こやつは自分勝手で俺の言うことを聞かないのだ」
ミランダとアルルは顔を見合わせて笑った。
三人の旅はプラス一頭となって、竜族一行の船旅は明るい出発となった。