11 ガレナの事情
アルルは出された紅茶をひと飲みして、息を吐いた。
血塗れのキッチンを発見してショック状態となっていた。
「はぁ……何が起きたのかと思いました」
「ごめんね、アルル君。私のドジのせいで驚かせてしまったわ」
アルルはミランダを見上げて顔色を確かめている。
「お妃様の様子が変だと思ったんです。ガレナ王国からそんな招待状が届いていたのを知っていたら、僕が先に隠したのに」
幼い子どもの気遣いにミランダは恥じるように首を振った。
「ううん。竜王様宛のお手紙なのに勝手に見た私が悪いのよ」
アルルはテーブルに置いてある招待状を手にして、ルシアンの方を向いた。
「ルシアン様がガレナ王国からの手紙を無視し続けるから、とうとう王様はハーレムで釣ろうとしてますよ」
ルシアンは気まずそうに紅茶を置いた。
「うむ……確かに何通か来ていたな」
「何ヶ月かおきに来てましたよ。どうか我が国に来てほしい、話を聞いてほしいって」
ミランダは驚いて二人の顔を交互に見た。
「そんなに熱心にお手紙を?」
ミランダはベリル王国にいた頃に習っていた、東大陸の歴史を思い出した。ガレナ王国は砂漠地帯が広がる広大な国で豊富な資源が産出される。だが情勢は常に不安定で、資源を狙う近隣国からの侵略を防ぐため幾度も戦争が起きていた。
アルルはミランダが社会学を習得しているのを踏まえて話を続けた。
「数十年前にガレナ王国が一時的に平和になったのは、先代竜王の影響があったんです。先代竜王も人間の政治には関わらない方でしたが、ガレナ王国を個人的に気に入って度々旅行で訪れていたので、その間他国は竜族を刺激しないよう侵略行為を控えたんですよ」
「そうだったのね。竜王が国に出入りするだけでそんな影響があるなんて」
「だけど先代の竜王様が亡くなられて、再び隣国がガレナ王国に対して侵略を試みようとしているんです」
ミランダとアルルが同時にルシアンに目を向けて、ルシアンは咳込んだ。
「うむ……まあ、手紙の返事を書こう」
ミランダは不安そうに首を傾げた。
「ガレナ王国には行かない、と書くのですか?」
ルシアンはミランダの目を直視して言葉に詰まった。
「竜王様がガレナ王国に入国するだけで平和になる効果があるなら、旅行に行って差し上げたらどうでしょう」
ミランダの提案にルシアンは狼狽ている。
「う、うむ。旅行か……」
長年の引きこもり生活から生じるルシアンの戸惑いをアルルは見透かして、明るく手を叩いた。
「あっ、新婚旅行ですね!」
ミランダもルシアンもハッとして顔を見合わせた。
ミランダは笑顔になって声を上げた。
「新婚旅行……!? ガレナ王国は素敵な文化が沢山ある国だから、一度行ってみたかったんです!」
ミランダの喜ぶ様子を見て、ルシアンは満更でもない顔になっていた。
「うむ。ミランダが興味があるなら……行ってみるか」
ミランダとアルルは「わっ」と声を上げて立ち上がり、手と手を合わせた。
「お妃様!〝異国の竜の物語〟の舞台を見れますね!」
「ええ! 織物に食文化に建築物、見たいものがいっぱいあるわ!」
盛り上がる二人を呆然と眺めているルシアンを、ミランダは思い出したように振り返った。
「あっ、ルシアン様。ハーレムの件はお断りしてくださいね?」
「も、勿論だ! 旅行に訪れるという知らせとともに断るつもりだ」
ミランダは安心して胸に手を当てた。
「嬉しいわ。ルシアン様とアルル君と一緒に旅行ができるなんて」
舞い上がって輝く瞳に、ルシアンも嬉しそうに微笑んだ。




