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10 門外不出の書棚

 ルシアンが何とか言葉を紡ごうとしたその時、ルシアンの後ろから箱を抱えたプルートが飛んで来た。


「ウーム!」


 ドン、とルシアンの頭に箱を乗せて、その冷たさにルシアンは飛び上がった。


「なっ、アイスクリーム!? こんな時に何を持って来てるんだ!」

「ウム~」


 ミランダは突拍子もないプルートの行動に吹き出して笑ってしまった。泣いている自分を励ますためにアイスクリームを持って来てくれた気がして、気持ちが和んでいた。


 プルートはミランダの手に箱を渡すと、スプーンを差し出した。


「プルートちゃん、ありがとう」


 ミランダがバニラアイスクリームを口に含むと、泣きすぎて火照った頭が冷やされていく。バニラの香りと甘さで自然と笑顔が溢れた。

 プルートが「アーム」と口を開けたので、ミランダはスプーンでアイスクリームを入れてあげた。その様子にルシアンは呆れている。


「まったく……ミランダに食べさせてもらうなんてお前はずうずうしい竜だな。ミランダは俺の花嫁だぞ?」

「だって、プルートちゃんはルシアン様にとって特別な竜ですから。私にとっても、まるで竜王様の分身のように見えます」

「うむ。確かに分身のような存在だな」


 ミランダは冷静になって、自分の頭を整理した。


「ルシアン様。私は竜王様が傷を癒せるのを知らなかったし、プルートの卵の存在も知りませんでした。知らないことばかりで、一人で混乱して焦ってしまったのだと思います」

「うむ……そうだな。俺の説明が足りていなかった。すまない」


 ルシアンはミランダの手を取ってソファから立ち上がらせると、応接間の出口に促した。


「おいで。ミランダに竜族と竜王の秘密をすべて明かすから」


 ルシアンはミランダを連れて廊下の先へ進んだ。




「ここは……」


 ルシアンが案内したのは、先ほどミランダがご乱心で徘徊した図書室だった。しかも、あの秘密の扉の前だ。

 ルシアンは内ポケットから鍵を取り出すと扉の鍵穴に差し込み、ガチャリと重い音を立てて解錠した。


「おいで。ここには竜族と竜王のすべてを記した書棚がある」

「えっ、で、でも、ここは竜王様しか立ち入れないってアルル君が……」

「うむ。代々竜王が記した秘密が書かれているからな。だがミランダは俺の花嫁だ。隠す物など何もない」


 ルシアンは先に扉の中に入り、ミランダは遠慮がちに中に続いた。

 中は通路のような長細い空間になっており、左右の棚にはギッシリと古書のような分厚い本が詰まっていた。ルシアンが蝋燭に灯りを着けると、内部は奥まで書棚が続いているのが露わになった。


「本がこんなに……これが全部竜族と竜王の秘密なのですか?」

「ああ。竜の生態から扱い方、竜族の歴史に竜王の能力や体質について……すべて記されている。それに個人的な日記や私小説も」

「日記? 私小説?」

「ああ。先代竜王の中には毎日日記を付けていた者もいるし、自伝のような書物を遺した者もいる」

「まあ。とてもプライベートな読み物ですね」


 ルシアンは日記らしき一冊を取り出すと、適当に捲って読み上げた。


「○月○日。ポラリスが私の髪を凍らせたせいで、髪を切る羽目になった。みっともない髪型をどうしてくれる」


「うふふっ。ダメですよ、人の日記を読んでは」


 ルシアンは日記を閉じると、書棚の一部を指した。


「ここからここが竜王についての書物だ。竜王式の結婚式や、つがいについても書いてある」

「つがい?」

「うむ。竜王のつがい……つまり花嫁は唯一人であると、ここにも記してあるのだ」

「そ、そうなんですね」


 ミランダはつがい、という言葉に赤面した。何だか動物の夫婦のようで、くすぐったい言い回しだ。


「どれでも気になる物を好きなだけ読んでいいぞ」


 ミランダは綺麗な装丁を手に取って、表紙を眺めた。


「アルル君も読んではいけない本なのに、何だか申し訳ないです」

「俺はアルルを配下として信用しているから、読んでもいいのだがな。ただ、この書棚には子どもが読むには刺激が強い性の指南書などもあるから立ち入りを禁じているのだ」

「あ、そ、そうだったんですね」


 ミランダは赤面して本で顔を隠し、少し考えてからその本をルシアンに返した。


「秘密を明かしてくださってありがとうございます。それだけで安心しました」

「もういいのか? 竜王式結婚式の方法も書いてあるぞ」


 ミランダは首を振った。


「私が竜王様の唯一人のつがいであると聞いて、充分な気持ちになりました。その時が来たら、ルシアン様から直接、挙式の方法を伺いたいです」


 ルシアンはふ、と優しい笑顔になって本を受け取った。


「ミランダ。俺を信じてくれてありがとう。その時が来たら必ず説明するし、それはきっと近い未来にやって来るよ」


 ルシアンの表情は何故か少し寂しげに見えて、ミランダは思わず支えるようにルシアンの手に触れた。


 その瞬間に、遠くロビーの向こうから悲鳴が聞こえた。


「アルル君の声だわ!」

「ああ、血だらけのキッチンがそのままだったからな。買い物から帰って腰を抜かしたな」

「大変! 説明に行かないと!」


 ミランダはキッチンに向かって走り、ルシアンは灯りを消して秘密の扉を閉めて鍵を掛けた。


 肩に舞い降りたプルートを横目で見て、ルシアンは小さく呟いた。


「お前が生まれ、王の時は動き出した。もう戻れないのだな」

「ウムゥ」

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