7 花嫁のご乱心
ミランダはポケットに隠したハーレムの招待状をアルルに言い出せないまま、呆然とスピカに乗って竜王城に帰った。
そのまま呆然と玄関前に立ち尽くす様子を、アルルは心配そうに見上げている。
「あの……お妃様。僕はこのまま買い物に出かけますが」
「え!? あ、ええ」
「大丈夫ですか? 竜王様と僕が帰るまで、一人でお留守番できますか?」
「も、勿論よ。お部屋でゆっくり過ごすわ」
懸命に取り繕うミランダをアルルは何度か振り返りながら、スピカに乗って飛び立った。
入れ替わりで門番役にタウラスとアリエスがやって来たが、ミランダは心ここにあらずのまま、フラフラと竜王城の中に入って行った。
「ルシアン様のための……美女のハーレム……」
招待状を何度も読み返しながら、ミランダは戦慄いていた。
「ルシアン様は私と結婚しているはずなのに、ハーレムに招待されるだなんて。もしかして、竜王は一夫多妻制だったりするの?」
ミランダはもたげる疑念にショックを受けて、ロビーで立ち竦んだまま真っ青になった。
「私、竜族のことを何も知らずに花嫁になったけど、竜王様は竜族の王様だもの。何人もの花嫁を娶る習慣があるのかもしれないわ」
不安と混乱に陥ったミランダは、先ほどのアルルの言葉を思い出した。竜王しか読むことができない書棚があり、そこに竜族の秘密が書かれていると。
招待状を握りしめたままミランダは駆け出して、廊下の先にある図書室に飛び込んだ。
図書室には天井まで届く書棚にみっちりと本が詰め込まれて、あらゆる色の背表紙が整然と並んでいる。
ミランダは一目散に図書室の奥まで駆け寄ると、例の秘密の扉の前に立った。ゴシック調の縁取りを施された扉には竜族の紋章が刻まれており、まるで結界のように近づき難い雰囲気を醸し出している。
焦燥感に囚われたミランダは鍵の掛かった金色のドアノブに飛びつくと、力任せに何度も回した。だがガチャガチャと金属音を立てるそれは、やはり開かれることは無かった。
「ダメだわ。ルシアン様が持っている鍵がないと中に入れない。この中にきっと、竜王の結婚の秘密があるはずなのに」
ミランダの焦りは大きくなっていった。竜王という立場上、一夫多妻制も有り得るだろうという冷静な思考と、自分の他にルシアンに愛される女性が何人も現れるのでは……という不安が渦巻いて混乱していた。
「やきもち? 嫉妬? いいえ、そんな軽い気持ちではないわ」
自分の感情を整理しようとしても、それは言葉では表せない恐怖と悲しみの嵐のようだ。コントロールできない激しさに恐ろしくなる。
秘密の扉の前で何往復もグルグルと周った挙句、ミランダは何かの答えを求めて図書室の中を彷徨った。
「そうよ。私はベリル王国で妃教育を受けたけれど、竜王城では釜戸の火も起こせない小娘だもの。ルシアン様がいないとご飯も食べられない……できそこないの花嫁なのだわ」
不安は自分の欠点を浮き彫りにして、それを克服しなければという強迫観念に押し潰されていた。
「お料理上手でしっかり者の美女が現れたら、ルシアン様はきっとその方を好きになってしまう」
美女ハーレムの絵がまた頭に浮かんで、ミランダは悲鳴を上げてしまいそうで天井を仰いだ。天井付近には高価な分厚い本が並んでいる。
「お料理の本……宮廷料理の本ね」
以前、興味本位で捲ったことがある。難解な調理のレシピをまとめた本だ。
ミランダは梯子を使って天井付近まで登ると、レシピ本の一冊を手に取った。東大陸のエキゾチックな宮廷料理。ガレナ王国の宮廷で振る舞われる料理のレシピだ。
「挑戦してみないとわからないわ。やってみたら、できるかもしれないじゃない」
ミランダは可能性に縋るように本を抱きしめて、梯子を降りると図書室を飛び出して行った。