6 異国からの便り
図書室に秘密の書棚があると知って、ミランダはその秘密を知りたくなっていた。
「その秘密の書棚には、何の本が置いてあるの?」
「代々の竜王が遺した、竜族と竜王に関する大事なことが書いてあるんです。そこにプルートの謎が記されているらしいですよ」
「アルル君は読んでないの?」
アルルは首を振った。
「あの書棚は竜王を継ぐ者しか閲覧することができないようです。僕は全部の本を読みたいとねだったけど、ルシアン様がここはダメって」
外国語や難解な本も読破してしまう本の虫アルルは、残念そうに続けた。
「だから僕にもプルートがどんな使命を持っているのか、竜王様にとってどんな意味を持つ竜なのかはわからないのです」
「そうなのね。竜族と竜王様にはまだまだいろんな謎があるのね」
会話の途中でスピカが羽を伸ばして、アルルを促すようにはためかせた。
「スピカが飛びたくて我慢できないみたいなので、僕ちょっと森を回って来ます」
ミランダはまた一人で留守番をする流れを感じて、手を上げた。
「どこへ行くの? 私も連れて行って!」
「いいですよ。今日は東側の祭壇に行って貢物を回収します」
「貢物って……まだ置かれているの?」
「はい。金貨や金塊だけじゃなく、お手紙や招待状なんかもたまに届くので」
「まあ! 竜族の森のポストみたいね。いったいどんなお手紙が届くのかしら」
「竜王様に我が国に遊びに来てください、っていうお誘いが殆どですよ。どの国も戦略的に竜族と国交を結びたがるので」
「竜族と国交が結べたら心強いですものね」
「ええ。竜族が後ろ盾となったら、どの国も手が出せないでしょうから。でも竜王様はどこにも行きませんよ」
ミランダは以前にルシアンが言っていた言葉を思い出した。
「竜王として人間の、特に国同士の諍いには介入しないと仰っていたわ」
「それに竜王様は引きこもりで人間嫌いですから、他国への旅行なんかしないです。初対面の人も苦手ですし」
アルルのヒソヒソ話にミランダは苦笑いした。
確かにルシアンにとって出かけられる限界は、あのエリオが営む仕立て屋があるスファレ公国までらしい。
アルルに補助されて、ミランダはスピカに乗って空を舞った。
しばらく低空飛行で森を移動して、アルルとミランダを乗せたスピカは東側の祭壇に辿り着いた。
竜族の森と東側の国との境目に、石造りの祭壇がポツンと設置されている。
「懐かしいわ。私が生贄として供えられて以来、初めて祭壇に来たわ」
野菜に囲まれたランチプレート状態の自分が初めてルシアンと出会った夜を思い出していた。
星空を背に、こちらを覗き込む神秘的な黄金色の瞳と、夜明け色に靡く髪を……。
ミランダは頬を染めながら、祭壇に置かれている金貨の袋や手紙の束を見渡した。アルルが手紙を一枚ずつ確認しながら回収している間に、ミランダは何気なく近くにある綺麗な模様の封筒を手に取った。
「エキゾチックで素敵な飾り罫……まあ。ガレナ王国からのお手紙だわ」
竜王城の図書室に保管されている「異国の竜の物語」を思い出した。何巻も続くお伽噺のシリーズで、アルルがお気に入りの物語だ。竜に変身して戦う主人公がルシアンに似ているので、ミランダも愛読している。舞台はガレナ王国がモデルになっていたので親近感が湧いて、封の中のカードを開けて読んでみた。
「ガレナ語だわ。えーと……」
ミランダはベリル王国にいた頃の妃教育の一環で、挨拶程度の文章なら読むことができた。そこにはかいつまんで、こんなことが書いてあった。
親愛なる新生の竜王様へ。
貴方様のためのハーレムを美女を揃えてご用意しています。
我が国に是非おいでください。
ガレナ国王より。
「……お妃様?」
カードを持ったまま硬直しているミランダにアルルが声を掛けた。ミランダはビクッと肩を震わせて我に返ると、咄嗟にガレナ王国からの招待状をポケットの中にねじ込んだ。
「お妃様、どうしたんです? 顔色が悪いようですが……」
「あ、だ、大丈夫よ! 何でもないの」
心臓がバクバクと暴れてまったく大丈夫ではなかったが、あどけないアルルの顔の前でミランダは平常心を装った。
〝貴方のための・ハーレム・美女〟
刺激的なキーワードが頭を巡って、ミランダは頭が真っ白になった。さらには異国の豪華な宮殿でルシアンが美女に囲まれて寛ぐイメージが広がって、ショックで地面がグラグラと揺れたのだった。