4 竜王様の勘違い
男性はさらに祭壇に近づくと、ミランダを間近で見下ろしているようだ。
「はぁ~」と感嘆のため息の後、さらにトーンを上げて続けた。
「かっ、可愛い~っ! えっ、何で? いや、死んでる⁇」
間近で驚いたり、喜んだり、心配したり、情緒がパニックになっている様子にミランダは我慢ができずに、そっと目を開けた。
そこには星空を背景に、こちらを覗き込む上半身が見えた。
夜空と同じ色の濃紺の長い髪がサラサラと風に靡き、月が2つあるような、神秘的な金色の瞳がこちらを見下ろしていた。高い背に引き締まった体はマントを羽織り、赤い宝石のブローチが光っている。高級感のある身なりから貴族の男性のように見えるが、ひとつ異質なのは、頭の両サイドに竜の角があることだ。
明らかに人外であるが、ミランダは心の中で呟いた。
(なんて美しい人なの)
時が止まったようにしばらく見つめ合った後、その美しい貴公子はスーッと体を離して澄ました顔をすると、フン、と鼻で笑った。
「人間どもめ。誇り高き竜族が家畜や農産物などで満足しないと、やっとわかったようだな」
いや、さっきは南瓜に喜んでたのに。
とミランダは思ったが、貴公子は続けて、耳を疑う言葉を放った。
「まさかこの竜王に、花嫁を捧げるとは」
「……?」
貴公子は美しい顔でニヤリと笑って斜に構えているが、瞳は喜びを隠しきれず輝いていた。
「あの……」
ミランダが口を開くと、貴公子は斜に構えたまま、ビクッと肩を揺らした。
「竜族の方、ですよね? 食べないんですか?」
「え、えっ?」
「私を食べないんですか?」
ミランダはいつ食べられるかという恐怖から解放されたくて、率直に質問していた。
貴公子は目を丸くした後、落ち着きなく目を泳がせた。
「た、食べるって、それはその、花嫁だからな。だが、物事には順序があるっていうか」
いろいろと勘違いしている様子だが、ミランダは縛られたままの手足が痛くなっていたので、両手を差し伸べた。
「あの、ひとまず縄を解いてもらえませんか」
竜族の貴公子はハッと我に返ると、小さなナイフを取り出して、手早く手足の縄を切ってくれた。手を摩るミランダをそのまま茫然と眺めていたが、祭壇から降りるのに苦戦しているのに気づくと、すぐに手を差し伸べてくれた。
意外にも紳士的なようで、ミランダは安心した。
祭壇を降りても貴公子は手を支えたまま、まるでダンスの途中のように、月光の下でミランダの瞳を覗き込んで時を止めていた。
「美しい瞳だ。まるで月明かりに咲く夜の薔薇」
貴公子の感想にミランダは即答した。
「貴方の方が美しいですよ?」
「え、どこが?」
「髪も、瞳も、全部。その角も綺麗ですね」
「角……怖く無いのか?」
「はい」
貴公子は無表情を気取っているが、嬉しさが唇の端に溢れている。
冷たいほどに端正で迫力のある外見だが、心の中は無邪気というか、素直なのが滲み出てしまうのだとミランダは考え、思わず笑みがこぼれた。
貴公子はミランダの笑顔に見惚れながら自己紹介をした。
「俺は竜族の王。ルシアン・ドラゴニアだ」
「私はミランダ ・ブラックストンです」
「この先に竜王城がある。案内しよう、花嫁殿」
竜王ルシアンがスコーピオと呼んでいた赤い竜に手を置くと、竜はまるで犬のように、そっと地面に伏せた。
「さあ、どうぞ」
「え?」
まるで馬車に乗車案内するように手を翳すルシアンの顔と、竜と、ミランダは往復で何度も見てしまう。
固まっているミランダの手を取ってルシアンは竜の脚の上に立ち、ミランダも連られて、鋼のような竜の身体によじ登った。
竜の背中には、馬の鞍のような物が付いている。促されて恐る恐るそこに座ると、ルシアンはミランダの背後に座って手綱を持った。
「しっかり掴まっていてくれ」
言われた通り、ミランダは鞍に付いている取手をこれでもかと強く握り締めた。
ふわっ
と身体が無重力になって、ミランダは思わず悲鳴を上げた。
「きゃあ!」
「ゆっくり飛ぶから、大丈夫だ」
ルシアンの言う通り、竜のスコーピオは慎重にゆっくりと浮上した。まるでルシアンと意志を疎通しているようだ。
大きな翼を優雅に羽ばたかせて、スコーピオの身体は地面から少し上を滑るように飛行した。徐々に高度を上げると木々の真上まで上昇し、森を飛び越えるように水平に飛んだ。
「あ、あわわ……」
ミランダはパニックのまま、生贄の祭壇があるベリル王国の国境からどんどん離れて、竜族の森の奥地へと運ばれて行った。