4 プルートの誕生
「も~っ、まさか勝手に竜王城に忍び込んでたなんて、信じられないです」
アルルはふくれ面で庭にやって来た。
服も手足も泥だらけで、顔まで汚れている。
「アルル。すまなかったな。泥さらいまでさせてしまって」
ルシアンはアルルにタオルを差し出した。
「竜王様のせいではありませんよ。僕も泥の中にいるかと思って探しましたから」
ミランダは二人の会話を唖然としたまま聞いていた。
あの竜のルシアンはルシアンではなかったというのはわかったが、自分一人がこの騒動から外れていて、訳がわからなかった。
そんなミランダの様子を見かねて、ルシアンは自身の泥を拭くのもそこそこに説明してくれた。
「夜明けの頃に、急にこやつが卵から孵った気配を感じてな」
宙に浮いていたチビ竜の首根っこをヒョイと掴んで見せた。
「これはプルートという竜なんだ」
「プルート……ちゃん」
プルートはルシアンに摘まれたまま、嬉しそうに手足をバタつかせている。
「卵の状態のまま洞窟で孵化を待っていたのだ。5年の時を経て今日、やっと殻を破って出て来た」
ミランダは驚いて大声を出してしまった。
「卵の中に5年もいたのですか!?」
「ああ。突然の孵化の気配に慌てて起きて、アルルと共に洞窟に向かったのだが、空っぽの殻を残してプルートは行方不明になっていたのだ」
アルルがタオルを被ったまま、横から顔を出した。
「洞窟近くの沼に殻が浮いてたものだから、僕たちはプルートが孵化後に沼に落ちたんじゃないかと思って、必死で泥さらいしてたんです。竜たちも手伝ってくれて」
ミランダは竜王城から人も竜もいなくなっていた理由がようやくわかった。
「そうだったのね、アルル君。大変だったわね」
「お妃様……ごめんなさい。明け方だったのでお知らせもせずに」
「いいえ! そんなこと気にしないで」
「でも、プルートがお妃様と一緒にいたなんて驚きました。僕らが探している間にすれ違いで竜王城に来たみたいで」
ミランダはプルートのちゃっかりとした行動に可笑しさがこみあげてしまうが、ルシアンは摘んだプルートを横目で睨んでいた。
「竜王である俺を欺いて俺のベッドに忍び込み、さらには俺の花嫁にくっついて寝るとは。この不届き者め!」
「ウム~」
「ウムじゃない!」
二人の会話にミランダは笑いながらも、本当はプルートがルシアンだと信じてイチャイチャしていたとは、恥ずかしくて言い出せなかった。
プルートはルシアンの手から逃れるとクルリとルシアンの周りを一周して、肩の上に乗って頬擦りをした。同じ色の瞳と角のルシアンとプルートはミランダの目から見ると分身のように見える。
「この子はルシアン様にそっくりですね」
「うん。まあ……こいつは特別な竜だからな」
ルシアンは言葉を濁してミランダを見つめた。
「一人ぼっちにさせてすまなかった。今朝はパンも焼けなかったし、お腹がすいただろう」
「いいえ。プルートちゃんが果物やパンを運んでくれて……一緒に朝食を食べました」
「そうか。それなら良かった」
金色の瞳を細める優しい笑顔にミランダはクラリと頭が揺れて、思わず抱きつこうとするが、ルシアンは一歩引いた。
「花嫁殿に泥がついてしまう」
「あ、そ、そうですね」
ミランダは赤面して止まった。本物の竜王様に会えたことに胸が高鳴っていたが、そんなテンションは自分だけのようで恥じ入る。
ルシアンはアルルを振り返り、その後ろに並ぶ泥だらけの竜たちを見回した。
「全員で湯に行って泥を落とすか」
アルルも竜たちも頷いた。
「そうしましょう。タオルでは落ちきらないです」
ミランダはプルートと留守番になりそうな流れに、つい手を上げて主張した。
「あの、私も一緒に行ってお手伝いします!」
「え?」
ルシアンとアルルが同時にこちらを振り返ったので、ミランダは真っ赤になって言い訳をした。
「は、裸は見ませんから! その、二人が湯に入ってる間は後ろを向いて……竜たちのお湯浴びをお手伝いしたり……」
ミランダの懸命さにアルルが笑って、ルシアンも笑顔で頷いた。
「うむ。それでは皆で湯に行こう。それにミランダは竜王の花嫁なのだから、俺の裸を見ても構わないぞ?」
ミランダは赤面したまま、顔を何度も横に振った。