3 アイスクリームと朝食
「えーと、まずは釜戸の火を起こして……」
釜戸の前に蹲み込んだまま、ミランダも竜のルシアンも無言で釜戸の中を見つめた。
「火はどうやって起こすのかしら?」
独り言を呟きつつ、お湯さえ沸かせない自分が恥ずかしくなっていた。
「ウム~」
竜のルシアンはミランダの腕の中から摺り抜けて宙を泳ぐと、棚の中から林檎を咥えて持って来た。
「まあ、果物ね。これならそのまま食べられるわ」
ミランダが感心しているうちに、彼方此方の棚や籠の中から、竜のルシアンはパンや葡萄や干し肉を運んでくる。
「ルシアン様、さすがですわ。火を使わなくても、ここには食べ物が沢山ありますね」
ミランダはハタと思いついて、金属製の金庫のような箱に駆け寄った。
「そうだ! ポラリスちゃんが作ってくれた冷蔵庫があるわ。ほら!」
ミランダが冷蔵庫の扉を開けると、そこにはガラス瓶に入った果汁やミルクやバター、作り置きの冷製の前菜やドレッシング、デザートまで入っていた。
「やったわ! 美味しい物が沢山入ってる!」
実は一番お腹をすかせていたミランダは、喜んで飛び上がった。飛んできた竜のルシアンと思わずハイタッチをして、続々とトレイに食べ物を乗せると、食堂へ向かった。
「うふふ。豪華な朝食になりましたね。……ん?」
何やらゴソゴソと冷凍庫を漁っていた竜のルシアンは、アイスクリームの箱を二つも抱えて飛んで来た。
「まあ! ルシアン様ったら、朝からアイスクリームですか?」
「ウム!」
「うふふっ、悪い子ですね?」
朝日が溢れる食堂のテーブルに食品をずらりと並べて、ミランダは椅子に、竜のルシアンはテーブルに座った。
バニラとストロベリーのアイスクリームを左右に抱えて貪るルシアンに、ミランダはサラダを差し出した。
「ルシアン様? アイスクリームばかり食べていたらお腹を壊してしまいます。お野菜も食べないと」
「ア~ム」
パカっと口を開けた竜のルシアンにミランダはドキドキした。普段、ルシアンからミランダの口にスプーンを向けられることはあっても、ミランダからルシアンの口に食べさせる行為はしたことがないからだ。
「ま、まあ。ルシアン様ったら……甘えん坊ですね」
子ども竜に変身して中身まで赤ちゃん返りしてしまったのかと考えると、ミランダは可愛さ余ってにやけ笑いをしてしまった。
「アム、アム」
サラダ、パン、チーズとバランス良く竜のルシアンの口に運ぶと、ルシアンは美味しそうに目を細めて食べた。
「おいちいですか? ほら、こぼしていますよ」
ナプキンで口元を拭きながら、ミランダは充足感で満たされていた。小さな子の面倒をみているようで、保護者気分になっているのだ。
満腹になってテーブルの上で仰向けに寝転がる竜のルシアンを抱き上げて、またあやすように揺らした。
「お腹がいっぱいになりましたね。少しお庭をお散歩しましょうか? 私が抱っこしてあげますからね」
いつもは背が高く逞しいルシアンにエスコートされるミランダは、まるで立場が逆転したかのように、竜のルシアンをかいがいしくお世話した。
♢♢♢
「いいお天気ですねぇ」
ミランダは竜のルシアンを抱っこしたまま、庭を散歩した。初夏らしい爽やかな陽気の中、竜族の森は若葉色に輝いて花々が咲き乱れている。だが、いつもと景色が違う。
「竜たちが全然いませんね。皆どこへ行ったのでしょうか?」
「ウム」
いつもは木陰や岩の上で日向ぼっこしている竜たちが、今朝は一頭も見当たらない。ミランダは不思議に思いながらも、竜のルシアンを連れて野原にやって来た。
「はあ~、草と花の良い香り」
ミランダが野原に座ると、竜のルシアンも腕の中に抱かれたままミランダの顔を楽しそうに見上げている。チュ、とミランダの頬に竜のルシアンがキスをしたので、ミランダはたまらずチュ、チュと頬とおでこにキスを返した。
「ルシアン様。今日は一日竜の姿でお過ごしなさるのですか?」
「ウム」
「私は竜のルシアン様も可愛くて……いえ、素敵で好きですよ」
「ウム~ッ」
ギュッと抱き合ったままミランダは横向きに寝転んで、竜のルシアの黄金の瞳を間近で見つめた。
「お腹がいっぱいで眠くなりますね」
「ウム……」
「一緒にお昼寝……しましょうか」
「……ウム……」
ふたりはうつらうつらとうたた寝して、やがて野原の真ん中でぐっすりと眠ってしまった。
「……ダ……ミランダ……」
どこか遠い所からルシアンに呼ばれた気がして、ミランダはぼんやりと目を覚ました。どうやら野原で竜のルシアンと昼寝をしたまま、しばらく眠っていたようだ。
「ん……ルシアン様?」
顔を空の方へ向けると、ルシアンが心配そうにこちらを見下ろしていた。黄金色の瞳に、夜空色の髪と角。凛々しい人型の竜王だ。
「あれ……人の形に戻りました?」
ミランダは急に現実に戻されたようにハッとして、久しぶりの再会を果たしたように胸がキューンと高鳴った。人型の竜王様はやっぱり威厳があって眩しいほど素敵で、先ほどまで赤ちゃんを扱うような振る舞いをした自分の不敬ぶりに慌ててしまう。
「わ、私ったらつい、竜のルシアン様にあんなお世話をして」
起き上がる拍子に、脇に抱っこしていた竜のルシアンが転がり落ちた。
「えっ!? ルシアン様が……竜と人の二人!?」
竜と人のルシアンを交互に見ながら驚くミランダに、人型のルシアンは安堵と呆れの溜息を吐いた。