2 変身した竜王様
ミランダは悲鳴を上げながら膝立ちの姿勢でひっくり返り、そのままバランスを崩してベッドから転落した。
ドスン!
おもいきり尻餅を付いたが、そんな痛みが吹っ飛ぶほどの衝撃をベッドの中で見てしまったのだ。
「ル、ル、ルシアン様!?」
あまりの驚きで腰が抜け、立ち上がれないままベッドを見上げていると、ベッドの淵からルシアンが顔を覗かせた。転落したミランダを心配している様子だ。
「ウムム?」
「ルシアン様……なのですか?」
ミランダはこれがルシアンである、と確信が持てなかった。
確かに黄金色の輝く瞳はルシアンと同じだ。それに夜空色のミステリアスな髪色と同じ色の角も……。
だがそこにいるのは紛れもなく、竜なのだ。しかも、まだ子どものような小さな竜だ。
「ルシアン様が竜に? 竜になってしまったのですか?」
ミランダは竜族の森でルシアンと出会い、竜王城に暮らすようになって竜族の暮らしや習慣を見てきたつもりだが、竜王たるルシアンが竜に変身するとは知らなかった。そんなことは本人から聞いたことが無いし、竜になったところも見たことがなかったからだ。
「ウム~」
竜のルシアンは頷くような仕草をして、ミランダを見つめていた。黄金色の瞳がきらきらと輝いて、子どものような無垢な顔をしている。ミランダは「可愛い」という胸のときめきで目を見開き紅潮した。
「まあ……! ルシアン様は竜になっても素敵ですね」
「ウム」
竜のルシアンが頷くたびに、ミランダの胸はキュンと疼いた。竜王たるルシアンの竜姿に「可愛い」は失礼かと思い、咄嗟に「素敵」と誤魔化したが、この姿は可愛いとしか言いようがない。
大きな瞳はうるうると輝いていて、夜空色の体で表情は見えにくいが、時折見せるピンク色の口内や舌が可愛らしい。手足は短くお腹はポンとしていて、幼児の体型そのものだ。だが小さくも角と翼と尻尾があって、立派な竜なのだとわかる。
ミランダが観察しているうちにパタパタ、と翼を羽ばたいて竜のルシアンは空中に浮いた。
「お空も飛べるのですね! さすが竜王様ですわ。素敵!」
飛んでいる姿もやっぱり可愛いくて、ミランダは悶えた。サイズは小さめの中型犬……いや、小型犬だろうか?
素敵と褒められてルシアンは上機嫌になったのか、見せつけるように空中でクルクルと回って見せた。
「くっ……かわっ……素敵ですわ!」
可愛いと叫びたいのを抑えながら、ミランダは考えた。
(ルシアン様は先代の竜王様から竜王の座を引き継いだとおっしゃっていたわ。きっとまだ、竜王としてなりたてだから子ども竜の姿なのね?)
自分で理由を考えながら、ますます悶えた。子ども竜王、赤ちゃん竜王という言葉が巡って顔が綻び、ミランダは思わず両手を広げて空中のルシアンに差し伸べた。すると得意げに回転していた竜のルシアンはその手に向かってふわふわと寄ってきて……。
「ウム!」
ミランダの胸に飛び込んだのだった。
「!!」
ミランダは感激のあまりそのまま抱きしめて、竜のルシアンを抱っこした。
「ルシアン様……小さくてかわ……素敵ですわ」
「ウム~」
ギュッと抱きしめる小さな体は満足そうに目を細めて、ミランダに頬擦りをした。ミランダもそれに答えて頬擦りし、しばらくの間抱っこしたままあやすように、左右に揺れた。
「アルル君はお買い物に行ったのですか?」
ミランダは竜のルシアンを抱っこしたまま階段を降りた。ルシアンが小さな手でギュッとミランダの服を掴んだままなので、ミランダは喜んで抱っこしたまま城内を移動している。
「ウム」
「そうだったんですね。アルル君もルシアン様もいないなんて初めてだったから、心配したんですよ?」
「ウ~ム」
ルシアンの甘える声が労わりのように感じて、ミランダは微笑んだ。
「お腹がすきましたね。朝食がまだですものね」
ミランダは食堂を通ってキッチンに辿り着くと、内部を見回した。
「えっと……どうしましょうか」
改めて竜のルシアンを見下ろすと、可愛い瞳でこちらを見上げている。キュンとすると同時に、この小さな竜の手ではパンを焼くことも卵を焼くことも勿論できないだろう、と考える。
かといってミランダも料理はてんでできないので、竜のルシアンを抱いたまま、立ち呆けた。