1 ひとりぼっちの朝
第二章はじまりました!
朝日が昇り、竜族の森が朝焼け色に染まる頃。
ミランダはいつもより早く目が覚めた。
初夏の暖かな空気の中、ふかふかのベッドで心地よく眠っていたはずだが、何かの違和感がミランダを起こしたようだった。
「ふぁ……」
小さく欠伸をしてベッドから降りると、窓辺に立って森や階下の庭を見下ろした。
「あら?」
いつもだったら早朝からスピカの手入れや庭の掃除をしているはずのアルルの姿は見当たらず、スピカとアルルに付き纏うタウラスの姿も無かった。
「今日はみんな、お寝坊さんかしら?」
ミランダは自分がこの竜王城に来て以来、初めて一番早く目覚めたのだと考えて、少し浮かれた気分になった。普段、アルルは一番に早起きしてテキパキと仕事をこなしているし、竜王たるルシアンは早朝から朝食のパンを焼いているからだ。
身支度を整えたミランダは、ドアを開けてそっと階段下を覗いてみた。
「やっぱり。いつもの芳しいパンの香りがしないもの」
ミランダは一番乗りの目覚めを確信して、愉しげに廊下を見回した。アルルの部屋もルシアンの部屋も、しんと寝静まっている。
悪戯っ子のような足取りで階段を降りてみると、竜王城の広々としたロビーも静寂に包まれていた。
「うふふ……」
ひとり笑顔のまま廊下を歩き、応接間、図書室、食堂へと、散歩をするように巡ってみる。もしかしたら、どこかにアルルがいるかもしれない。
そんな愉しい散策も無人の食堂に辿り着く頃には、ほんのり寂しくなっていた。
いつも美味しい香りと温かな湯気に包まれた場所は無機質に静まり返り、朝日が明るい分、寂しさを際立たせていた。アルルの元気な姿も、ルシアンの堂々としたバリトンの声も無い。
ミランダはぽつんと立ったまま、小首を傾げた。
「誰もいないわ。いつもだったら皆起きて来るはずなのに……」
悪戯っ子の顔は不安顔になって、違和感が大きくなっていた。
「アルル君? ルシアン様?」
思わず名を呼びながらキッチンも覗くが、綺麗に片付けられた調理器具が並ぶだけで、釜戸は冷えていた。
エプロン姿のルシアンがいるはずの場所に立ってキッチン台を見下ろすと、ミランダの不安はいよいよ動揺に変わった。
「ルシアン様、どこ?」
ミランダはたまらずに振り返り、キッチンを出て早足でロビーに戻り、階段を上がった。
そうだ、初めからふたりの部屋を訪れていれば良かったのだ、などと考えながら2階のアルルの部屋の前に立った。いつも先回りでお世話をしてくれるアルルを起こすのは初めてのことだが、ミランダは早く不安を払拭したくてノックをした。
コンコンコン。
「……」
だが、アルルの部屋からは返事が無い。ノックにも起きないようなお寝坊さんではないはずなので、きっと留守なのだろう。
「もしかして、もうお買い物に行ったの? こんな早朝に?」
ミランダは戸惑いながら自室の前を通り過ぎて、その先にあるルシアンの部屋の前に立った。重厚なドアはいつもより大きく感じる。この竜王城に来て二ヶ月が経つが、自らルシアンの部屋を訪れることは殆ど無いからだ。
コンコン……。コンコンコン。
無言のドアの向こうに、ミランダはたまらず声を掛けた。
「ルシアン様? いらっしゃいますか? 私です……ミランダです」
当たり前の自己紹介をしながら、ミランダは焦っていた。ルシアンはいない。アルルもいない。スピカもタウラスも。何故?
「あの、ルシアン様? 開けますよ?」
ミランダは無人の竜王城にただごとではない気持ちになって、ドアノブに手を掛けた。
カチャリ。
ドアは簡単に開いた。鍵は掛かっていなかったようだ。
そっと室内を覗くと、ゴシック調の家具に囲まれた広い部屋は朝日で明るく輝き、開けられたカーテンからは燦々と日が射している。
が、やはり無人のようだ。
「ルシアン様……。どこにいるの?」
ミランダは肩を落として室内に進むと、キングサイズのベッドに近づいた。
「あら?」
ベッドは少し乱れている。寝衣が投げ捨てられたように無造作に置かれていて、几帳面なルシアンらしからぬ様子だ。しかも……。
「ルシアン様……まだ眠っているの?」
ベッドの中央が、こんもりと膨らんでいるのだ。
頭まですっぽりと掛け布団を被っているようで、膨らみは小さく呼吸するように動いている。
「まあ。ルシアン様たら。ベッドにいらしたのですね」
ミランダは勝手に室内に入った上に、眠るルシアンを観察している自分が無法な侵入者のように思えて、急に気まずく感じていた。
「ご、ごめんなさい。竜王城に誰もいないからビックリしてしまって。その、勝手にお部屋に入ってしまいました」
ひとり弁解するミランダを前に、ルシアンは眠ったまま小さく声を出した。
「ウム……」
ミランダは寝ぼけているルシアンなど見たことが無かったので、珍しい寝起きの顔を見たい、という好奇心が湧いていた。
「ルシアン様。お寝坊さんですか?」
ベッドサイドから身を乗り出すと、ベッドの膨らみはゴソゴソと動き出した。目が覚めたのだろうか。
「こんなにお布団を被ったら、苦しいですよ?」
ミランダは言い訳を加えながら、ドキドキしながら大胆にも両膝をベッドの上に突いて、動く膨らみに手を掛けた。
「ウウム」
寝ぼけた返事と同時にそっと布団をめくると、布団の中の暗闇からこちらを見上げる黄金色の瞳と目が合った。だがそれはいつものルシアンとはまったく違っていて、ミランダは驚きのあまり、大きく後ろに仰け反った。
「きっ……きゃーー!?」
つづく。
週一で更新していけたらと思います。
よろしくお願いします!