10 竜族の番
それからしばらくして。
僕の怪我は完治して、竜に騎乗する訓練も再開しました。
竜王は僕が転落を恐れてもう乗らないと思っていたようですが、僕は懲りませんでした。スピカと共に空を飛ぶ快感は変わらず僕を夢中にさせて、スピカとの絆も深まっていったのです。
「スピカ。今日も可愛いですね。スピカは美人な竜ですね」
僕がスピカを褒めながら身体を拭いていると、後ろで見ていた竜王は呆れているようでした。
「アルルはスピカに特別な感情があるようだが……いくら竜族とはいえ、竜とは番になれないぞ」
僕は吹き出しました。どうやら竜王は、僕が本気でスピカに恋をしていると疑っているようです。
「番って、せめて結婚と言ってくださいよ。スピカは女の子だから、いっぱい褒めてるだけじゃないですか」
「確かに雌だが……お姉さまの代わりってことか?」
僕はドキリとして、赤面しました。
「お、お姉さまのこと、ルシアン様にお話しましたっけ?」
「怪我で意識を失った時も、寝言でも、ずっとお姉さまを呼んでいたぞ。甘えた声でな」
僕は茹蛸のように真っ赤になりました。
「ぼ、僕は兄たちとはあまり仲良くなくて、三人いるお姉さまに可愛がってもらったのです」
竜王は目を丸くしました。
「姉が三人も?」
「ルシアン様には姉や妹は……」
竜王は首を振り、興味深げに質問しました。
「お姉さまはそんなに優しかったのか?」
「それはもう……僕は代わる代わるちやほやされて。お姉さまたちは柔らかいし、良い匂いだし」
思わず本音を溢してハッと口を塞ぎましたが、竜王はポカンと口を開けて僕を見つめていました。
「柔らかく……良い匂い……」
ああ、この人は女性に可愛がられたことが無いどころか、免疫も無いのでしょうか。僕はまた、涙が滲んできました。
竜王は戸惑うように目線を外しました。
「先代の竜王も言っていた。女は柔らかく、良い匂いがするって。とびきり甘やかすものだと」
「あ、甘やかす? 確かに、優しくすべきですね」
「先代は女好きで世界中に愛人がいた」
「そうだったんですね。じゃあ、ルシアン様もいずれは……」
「いや……俺の近くにいてくれるなら、番は一人でいい。一人だけを甘やかして、優しくして……」
言ってから、竜王は我に返って真っ赤になって、その顔を隠すように城に戻ってしまいました。
なんたるウブな反応でしょうか。
僕は心の底から、竜王を優しく愛してくれる番……女性が現れますようにと、天に願いました。
「神様、竜神様。どうか竜王様に沢山の愛を与えて、幸せにしてください」
――これは竜王様のもとに最愛の花嫁が現れる、三年前のお話です。
僕は懐かしい日記を閉じて部屋を出ると、階段を降りました。
城のロビーでは白昼から、ルシアン様とお妃様がイチャイチャと抱きしめあったり、小鳥のようにキスをしたりしています。
僕に見られているのも気づかずに夢中で愛を慈しむ竜王を眺めて、僕もにやにやとしました。
神様か竜神様かわかりませんが、僕の願いは叶ったのです。
僕は邪魔をしないように透明になって、ふたりの後ろを通って外に出ました。
ミランダ様というお妃様はそれはもう、優しくて可愛らしくて美しくて。ルシアン様をデレデレにしてしまう、最強の花嫁です。
それに柔らかくて良い匂いで……僕はお妃様に抱っこされてスピカに乗ると、まるでお姉さまがいるようで幸せです。でも、この気持ちは竜王に知られると嫉妬でぶっ飛ばされそうなので、僕だけの秘密にしておきます。
今日も竜族の空は晴れ渡り、森は愛で満ちています。
「さぁスピカ。一緒にどこへ行きましょうか」
アルルの竜族記 おわり
番外編「アルルの竜族記」はこれで完結となります。ありがとうございました!
今後の物語は登場人物の紹介を挟み、第二章に続きますので「ブックマークに追加」を押して見守って頂けたら幸いです!
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