09 牢獄の地獄
死んだように眠って目覚めた朝。
姉たちにちやほやされる夢を見て、僕は多幸感に包まれて起きました。
「熱が……下がってる」
昨晩の高熱は嘘のように下がって、頭の痛みも、骨折の腫れも治っていました。
何よりも驚いたのは、僕の手を握っている竜王がベッドの傍で寝落ちしたまま、伏せていたのです。
「涙の跡……」
睫毛が長い女の子のような寝顔には沢山泣いた跡があって、僕は胸が苦しくなりました。
竜王は若いくせに先代の真似をしているのか、年寄りみたいな口調で話したり、いつも無表情の冷たい顔は近寄り難いですが、本当は繊細で優しい人なのだと、僕はわかっていました。
竜王は悪夢を見ているのか、眉を顰めています。
「ルシアン様。お可哀想に」
僕がそっと竜王の頭を撫でると、竜王はハッと目を覚まして身体を起こし、起き上がっている僕を見て驚き、すぐに額に手を当てて熱を測りました。
「あの、ルシアン様がくださった黒い薬が効いたようです……痛みも良くなりました」
「そうか。良かった」
「一晩中、診ていてくださったんですね。ありがとうございます」
「いや……」
竜王は僕の手を握ったまま、俯きました。
「不憫だと思ってな。生まれてからずっと酷い目にあって、やっとこの城に逃げてきたのに、すぐに死なせてしまうなんて」
「え?」
僕は意味がわからなくて、首を傾げました。
「酷い目って、僕が?」
「公爵家で牢獄に入っていたんだろ?」
僕は驚いて言葉に詰まりました。それはいったい、どこの情報でしょうか。僕は公爵家でわりと幸せに過ごしていましたが……。
竜王はまるで何かを思い出すように、握る手に力を込めました。
「竜族というだけで鎖で繋がれて、鞭で叩かれ食べ物も与えられず……可哀想に」
「い、いやいや、僕はそんな目に遭ってません! 普通に暮らしてました」
「え。そうなのか?」
驚いて顔を上げる竜王に、僕は悲しくなりました。
ああ、この人はこの城に保護されるまで、よほど酷い幼少期を過ごしていたんですね。この覇気の無さと、城に降り続ける雨に合点がいって、僕は涙ぐんで竜王を見つめました。
竜王は途端に恥入った顔をすると立ち上がって、部屋を出て行きました。
「薬を取ってくる」
僕は慌てて竜王を止めました。
「ま、待ってください! 薬って、昨日のあれは、血でしょ!?」
「果汁で薄めたんだが……血の味がしたか?」
「しますよ! いったい、何を飲ませてくれてるんですか!」
僕はカルトじみた民間療法を批判するつもりでしたが、途中で怒鳴るほど自分が回復しているのに気づきました。頭の包帯に触れると、縫ってもないのに傷も塞がっています。
「血が……薬に? まさかそんな」
天才児だった僕は好奇心で医学書も勉強していましたから、人の血を飲んで身体が治癒されるなんて、到底信じられませんでした。
竜王は首を振りました。
「お前はまだ完治していない。竜王の血は人や竜の細胞を治癒する力があるが、折れた骨が繋がるには数日かかるだろうから」
僕は青白い顔の竜王と、手首の包帯を見て震えました。
「竜王の血にそんな力が? でも、あんな大量の血を続けて失ったら、ルシアン様が倒れてしまいます!」
「俺の身体は頑丈だ。牢獄にいた時に死ぬほど血を抜かれたが、死ねないとわかっている。安心しろ」
恐ろしい言葉を残して、竜王は部屋を出て行きました。
僕はベッドから飛び降りて、しがみついて止めたかったけど、脚が震えて……そもそも骨折していて動くことができませんでした。
竜王は牢獄で凄惨な拷問を受けていたのだと確信して、僕は胸の痛みで涙が止まりませんでした。
「ごめんなさい……ぼぐのせいで、ごめんなさい」
僕は自分が軽率に犯した過ちによって、竜王を傷つけて血を奪うことになった結果を深く後悔しました。
「僕は二度と竜王様に背きません。僕は優秀な配下になって、ルシアン様のお側に。ずっと一緒にいますから」
僕は竜王のいないところで、固く胸に誓ったのでした。