07 スピカと僕の危機
「よしよし、スピカ。いい子ですね」
僕は青竜スピカのお世話をすることを許されて、毎日身体を拭いてあげたり、果物をあげたりしました。スピカも僕を仲間だとわかってくれているようで、「クゥ~」と頭を寄せる姿が可愛いのです。
まだ竜王の補助付きですが、低空の飛行もできるようになりました。僕が右とか左とか脳内で指示すると、スピカは僕の心を読んで、従ってくれるのです。その快感たるや、憧れていた「飛ぶ」という気持ち良さの想像を超えていました。
「はぁ。早くひとりでスピカに乗って、高く遠く飛んでみたい。スピカもそう思いますか?」
スピカの首に頬を当てると、スピカは僕の気持ちを汲んでくれたみたいに、目を細めます。
ああ、スピカと僕は一心同体のようで……。
「アルル。何をしている?」
竜王の声に、僕はビクゥ! と飛び上がりました。
いつの間にか竜王は僕の後ろに立って、手綱を持っていました。
「ル、ルシアン様。お出かけですか?」
「ああ。しばらくぶりに遠方の竜たちの様子を見てくる」
僕はまるで奇行を見られたようにドキドキして、背筋を伸ばしました。
竜王は如何わしい目を僕に向けながら、火竜スコーピオを呼ぶと、ヒラリと軽く騎乗して空に舞い上がりました。
「遅くなるから夕食は勝手に食べていてくれ。キッチンにパンやスープがあるから」
「わかりました。お気をつけて!」
竜王はスコーピオと共に、あっという間に遠く小さくなっていきました。
「はぁ。僕もあんな風にスマートに飛びたいなぁ」
スピカが僕の肩に顎を乗せて、金色の瞳と目が合いました。
「スピカ……」
魔が差した、としか言いようがありません。
僕は竜が何を考えているのかまでわからないのに、勝手に都合良く解釈したのです。
「ルシアン様はきっと、疲れて帰ってきますね。たまには僕が料理を作って待つのはどうでしょう。きっと喜びますよね?」
「ク~」
まるでスピカに賛同してもらった気持ちになって、僕はスピカの背中に乗ったのでした。竜王の監視が無いところで、ひとりで騎乗するのは初めてのことです。
公爵家でルールを破って、彼方此方スパイのように徘徊したスリルを思い出して、僕は浮かれました。
「ルシアン様に見つかったら怒られちゃいますから、透明になって飛びましょう」
ドキドキしながらスピカと共に透明になって、僕は誰にも見えないという傲りで開放的になりました。
もっと高く、もっと速く。
「あはは! すごい! 僕でもこんなに乗れる!」
風に乗って滑るように空を駆けて、上昇し旋回し。僕はスピカと空のドライブに熱中しました。
そして遠く離れた崖にスピカを向かわせたのです。
そう、あの怪鳥の鳥の巣に。
「ルシアン様が帰ってきて、怪鳥の卵が夕食に用意してあったらビックリするでしょうね。僕を一人前の配下と認めてくれるかもしれません」
僕は興奮してスピカに話しかけながら、透明のまま崖に近づきました。崖の下から吹き上げるように突風が吹いて、スピカは揺れます。僕は慎重に脳内で指示を出しながら巣に近づきますが、強風が邪魔をしてなかなか上手くいきません。スピカとの交信と透明の維持と……どちらも同時に熟すのは、思った以上に困難だったのです。
チラチラと、スピカと僕は透明から姿を現して、僕は焦りました。
「スピカ、もっと右へ! いや、少し左!」
その瞬間、スピカが凄い速さで首を上げて、僕は心臓が竦みました。
前方から豪速で、巣の主である怪鳥が飛んで来ていたのです。
「うわ、見つかった!」
僕もスピカも完全に透明ではなくなって、僕らは怪鳥の洗礼を受けたのでした。
「ギイーーッ!」
耳を塞ぎたくなるような凶暴な雄叫びが響き、スピカは高速で怪鳥の攻撃を避けました。
ガツン! ガン! と、鋼のようなスピカの体と怪鳥の鋭い爪がぶつかり合う音がして、怪鳥の猛攻にスピカは逃げ惑いました。
「スピカ! あっ、ああっ……」
僕はスピカの制御がまったくできなくなって、暴れる背中から滑り落ち、真っ逆さまに崖下へ落ちていったのです。
この高さでは、助からない。
スローモーションの視界の中、僕の頭はやけに冷静でした。
頭上でスピカと怪鳥が攻撃しあうシルエットを見つめたまま、僕は恐ろしく高い空から真っ逆さまに落ちて行きました。
途中、衝撃でお腹を打ち、背中を打ち、木々で体をバウンドさせながら……。
強烈な恐怖と痛みの中で、僕の視界はやがて真っ暗になったのでした。