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3 絶望の祭壇

 刑罰が宣告されるとすぐに、ミランダは牢獄から連れ出された。

 身体を清め、新しい服に着替えるよう指示される。知能の高い竜族が不満を覚えないよう、王国は(けが)れなき生贄を(みつ)ぎたいらしい。


 湯あみを済ませ、清潔でシンプルな白いドレスを着せられたミランダは処刑を目前にしてやっと、人間らしい尊厳(そんげん)を取り戻していた。


 黙々と世話をする宮廷の侍女たちは、ミランダと目も合わせず青い顔をしている。

 とんでもない重罪をいくつも犯した上に、前例の無い残酷な刑を受ける悪女を前に、複雑な心境のまま口を(つぐ)んでいるようだった。


「あっ……」


 ミランダの絡まった髪に(くし)を引っ掛けた侍女が思わず口を開きかけたが、別の侍女が「しっ」と素早く制止した。

 牢獄にいる間から不自然に他者が自分を避け続けたのは、不吉な罪人である自分と接触をするなという、天啓(てんけい)を騙ったフィーナの指示があったのかもしれない。ジョゼフ王太子もきっと、それに従ったのだろう。


「綺麗にしてくれてありがとう」


 お嬢様然として上品な笑顔で礼を述べるミランダに、櫛を握った侍女は手を震わせて、驚いた顔をしていた。


(獄中生活の間、食事も睡眠も摂らずに弱り切っていたけど、不思議ね。身なりを整えただけで気持ちが蘇るのだから)


 ミランダは毅然として姿勢良く歩くと、誘導された馬車に静かに乗った。

 その動作があまりに優雅なので、連行する兵士たちも動揺している様子だった。


(どうやっても罪を(くつがえ)せないのなら、私は最期まで美しく前を向いてみせる。だって私は、無実なのだから)


 夜分に囚人を乗せて出発した馬車は、真っ暗な竜族の森に向かって走り出した。


 ミランダは馬車の中から、(そび)え立つ王城を見上げた。

 子供の頃から見慣れたはずのベリル王国の立派な城は、ミランダの瞳には冷たい牢獄に姿を変えて映った。

 感傷に浸る間も無く馬車は走り、王城も生まれ育った王都も遠のいていく。



 ベリル王国の国境を越えると、馬車は真っ黒な深い森に包まれた。

 竜族の棲む広大な森は幾つかの国の境を跨ぐように横断しており、そこは遥か昔から人間が踏み入る事ができない、恐ろしい場所とされていた。

 竜族の森には無数の竜が住んでおり、馬ほどのサイズから、城ほどの巨躯(きょく)を持つ竜もいる。中には火を吹き、嵐を起こす竜もいるのだとか。森の奥深く入れば、人間などひとたまりもなく餌食になるだろう。


 馬車が森の端に止まると、兵士たちは無言のままミランダを下ろした。

 手首を縛られたまま兵士と共に暗い森の中を歩き進むと、草むらの中に突然、人工的に作られた舞台のような、異質なシルエットが見えてきた。

 ベリル王国が竜族への貢ぎ物を置くために設置した、石造りの祭壇だ。通常はここに豚や牛の肉が生贄として丸ごと置かれるらしい。

 月夜の下に冷たい祭壇が浮かび上がる景色に、ミランダは恐怖で(すく)んだ。


 兵士達もいつ竜が現れるか気が気でないようで、そそくさとミランダを祭壇に寝かせると、逃げられないように足を縛り、さらにその周りを南瓜や芋や人参で囲って飾った。

 兵士達は周囲を警戒しながら逃げるように馬車まで小走りすると、ベリル王国に慌てて帰っていった。



「ランチプレートじゃないんだから……」


 ひんやりと固い祭壇に仰向けで寝かされたミランダは、付け合わせに囲まれた状態に恐怖と間抜けさが相まって、思わず突っ込んでいた。

 手足を縛られて身動きひとつできないが、頭上の夜空には美しい星々が輝いていた。


「綺麗……私はやっぱり、美しいものが好きだわ」


 ミランダは星に見惚れて、恐怖を打ち消そうとしていた。

 これから生きたまま竜に(かじ)られて食べられるなんて。

 恐ろしすぎて、まともに思考ができなかった。

 だが、その現実逃避も許されないほど、大きな足音と地響きが祭壇から身体に伝わってきた。

 巨大生物が木々の間から、こちらに向かって歩いて来るのがわかる。


 ミランダは星空を眺めるのを諦めて目を瞑った。

 竜の顔を間近で見たら、叫んでしまいそうだったから。


 ズン、ズシン。


「フシュゥ、フシュー」


 竜の吐息が突然間近に聞こえて、ミランダは体を硬くした。

 いよいよ食べられるのか。

 どうせ食べるなら、ひと思いに丸呑みして欲しい……と願ううちに、大きな音が響いた。


「ガブリ! カブシャ、ガブッ!」

「ひっ……」


 ミランダの唇から、思わず小さな悲鳴が漏れる。

 耳元で大きな南瓜を齧り、(むさぼ)咀嚼(そしゃく)音が鳴っている。

 どうやら、ランチプレートの付け合わせから食べるタイプの竜らしい。


 あまりの迫力と恐怖で目を(つぶ)ったまま息を殺していると、竜の後ろから、さらに人の声が聞こえてきた。


「よ~しよし、スコーピオ。好物の南瓜があって良かったな」


 まるで犬の飼い主のような、あやし言葉だ。

 バリトンの心地よい声質はどう考えても、竜ではなく人間の男性だ。

 ペチペチと、多分竜を触る音とともに人間の足音も近づいてくる。

 そして、ザッ、と途中で立ち止まる音。

 祭壇の真ん中にミランダがいることに気づいたらしい。


 ミランダの緊張の一瞬の後、心地よいバリトンはトーンを上げて呟いた。


「えっ、人間の……女の子がいる!!」

「……」


 竜も咀嚼をやめて、沈黙になった。

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