02 僕は捨て子
「ただの石じゃないですか……」
使者のおじさんに連れて来られたのは真っ暗な森で、僕が座らされたのは屋根も無い、ただの石の台でした。やけに装飾が彫られているので、儀式的な祭壇なのかもしれません。
「アルル君。迎えの者が来るまで、ここで待っているんだよ?」
おじさんは苦しそうな顔でそう言い残して、馬車で去っていきました。
何しろここは端っことはいえ、竜族の森の中です。あまり長居すると竜に捕食される恐れがあるので、急いで逃げるのは仕方のないことです。
「さてと……」
僕は小さなランプの横に、鞄から出した物を並べました。
本と、林檎と、ノートと、ペンと。
本は自宅の書庫からくすねた物です。僕は竜が出てくる物語を読むのが好きで……だけど両親はそれを好まなかったので、こっそりと透明の姿で書庫に忍び込んでは盗み読んでいたのです。
竜族の森で、竜の物語を読む。
こんなこと、誰もしたことが無いのでは? と考えると、僕は凄くワクワクしました。
森は静かで、竜の姿はひとつもありません。
あれから何時間経ったでしょうか。
僕は本を読みながら、もしもこのまま竜が現れることが無かったら……と考えて不安になりました。
僕の想像では、格好いい竜がやって来て、人間の言葉を話し、僕を仲間にしてくれる。そう考えていたからです。
竜族の僕が竜にも出会えなかったら、もうどこにも居場所がない……。
僕は石の台で待つうちに、どんどん心細くなりました。
すると、目で見るよりも先に、角が? いえ、頭の中でしょうか? 何か妙な感覚を感じ取って、竜がやって来る、というのがわかったのです。それは初めての感覚でした。
ズン、ズン、ズシン……。
森の奥から、大きな竜がやってきました。夜の色に馴染むような綺麗な青色の、格好いい竜です。さらにその横には、誰か人が付いて来ています。僕と同じ竜族でしょうか。僕は安堵と期待と感激で、本を持ったまま、硬直しました。
「え……誰だお前?」
竜と一緒にやって来た人間が呟きました。それは僕のお兄様と同じくらいの、15、6歳の少年でした。貴族風の綺麗な身なりをしていますが、髪は伸ばしっぱなしで肩より長く、端整な顔は青白く根暗な雰囲気です。だけど長い髪の両サイドには、僕と同じように角があったのです! 僕は生まれて初めて出会った同族に感激して、震えました。根暗な少年は困惑した様子で歓迎ムードではありませんでしたが、僕は沢山、聞きたい事や話したい事があって……。
それなのに、僕は信じられないことに、口を開けてすぐに絶叫したのです。
「うわ~ん! 何ですぐ来てくれなかったんですか! ひ、ひとりぼっちだったのに~!!」
頭が真っ白になって、大声で泣き喚いたのです。
まさか僕に、こんな子供じみたところがあったなんて。
僕は知らなかったのです……。