01 異形の末っ子
竜王の配下・アルルが主人公の番外編です。
10話完結の過去の物語です!
僕、アルルはユークレイス王国の公爵家の三男として生まれました。
自分で言うのも何ですが、それはそれは可愛い赤ちゃんだった僕は、三人の姉にちやほやと可愛がられて育ちました。
兄二人は僕が利口すぎるという理由で、ライバル視をしてきますが……公爵家に生まれた男児は何においても優秀さを求められるので、兄弟でも牽制し合うのは仕方のないことです。
「アルル様は本当に優秀で、6歳にして大人も顔負けの学習能力です!」
「アルル様は努力を怠らず、自ら勉学に励む姿勢が素晴らしい!」
家庭教師や教育係は褒め言葉の後に、必ず寂しそうな、残念そうな顔をします。
飲み込まれた言葉の先には、続きがあるのです。
「でも……」
「異形で、竜族だから」
「優秀な後継ぎなのに勿体ない」
僕はそういう内緒の言葉を、廊下の端で、深夜の応接間で、あるいは庭のお茶の席で、何度も聞いたのです。大人の秘密の話を聞くのは簡単です。僕には生まれつき、特別な能力があるので。
「アルル? アルル? いないわ。せっかくお菓子を持って来たのに」
三番目のお姉様が僕を探していますが、生憎、僕はこれから家の中を偵察する時間なので、いないふりをします。開いたドアからそっと、外にすり抜けました。
僕は僕の身体を透明にする力があるので、こうしていつも「出てはならない」部屋から出て、「出てはならない」館からも出て、いろんな話を聞いたり見たりするのです。
特に最近は、大人たちの間で不穏な空気が高まっています。
お仕事や社交でお忙しいお父様とお母様は殆ど館にいませんが、珍しくいる間はいつも深刻な会話をしています。知識のある人や頼れる人を呼んで、相談や時に論争をしたりもします。
主にそれは、僕のこれからの処遇についてなのです。
このユークレイス王国ではごく稀に、僕のように頭に角を生やした、おかしな能力を持った者が生まれてきます。それは竜族といって、遥か昔に竜と共存していた民族の名残とか、先祖返りだとか言います。だけどこの竜族の能力は王国を危険に晒す存在であるという理由で、昔から厳しく弾圧されているのです。
もしも竜族の子供が生まれたら……王国軍に連れていかれて、どこかへ閉じ込められるのだとか。いや、本当は存在そのものを消されているだとか。怖い噂は沢山あります。
僕も生まれた時は、ほんの小さなコブのような物が頭にあるだけだったのです。だけどそれは、1歳、2歳と成長するうちに角の形に大きくなって……僕が竜族であると確信した両親と兄姉は、大きなショックを受けたことでしょう。
末っ子のアルルは病弱で療養している。そんな体を装って、僕は6歳まで公爵家で育ちました。本当は透明になって、彼方此方と出歩いているのですけどね。
〝その時〟は突然にやって来ました。
まあ、僕は事前に情報を集めていたので、薄らと今夜だとわかっていましたが。
「アルル君。君は療養のために、自然のある場所でゆっくり過ごすことになったんだ」
お医者と名乗る見知らぬおじさんは、夜間に突如僕の部屋を訪ねて、穏やかな顔で言いました。
お父様が雇われた、僕を匿うための使者です。事前の計画はすべて知っていたので、僕は大切な物を全部詰め込んだ鞄を持って頷きました。
「はい。用意はできています」
「そ、そうか。君は利発な子だと聞いていたが、本当にしっかりしているんだね」
おじさんは面食らったように戸惑いましたが、僕の手を取って、館の外に準備した馬車に向かいました。
見送りは誰もいません。兄と姉は知らされていないし、父と母は耐えられないので、今夜の別れに立ち会わないと僕は知っていました。
殆どの時間を部屋と、透明の姿で過ごした公爵家の館に、僕は一度だけ振り返って、さよならをしました。ひとつだけ心配なのは、僕を可愛がってくれた姉たちのことです。朝起きて僕がいなくなったと知ったら、さぞ悲しむことでしょう。
「もう、いいのかい?」
あっさりと馬車に乗る僕に、使者のおじさんは僕が何も知らないと思って、罪悪感に苛まれた顔で苦々しく聞きました。
「はい。もう充分、お別れはしたので」
それは嘘ではありませんでした。僕は竜族の森に捨てられるのを事前に知ってから、沢山準備をしたし、館にも家族にも、池の亀にだって、お別れを言い続けたのですから。
寂しい気持ちはありますが、それよりも僕の中には強烈に、竜族への興味と好奇心があったのです。僕が竜族として求められ、居るべき場所がどこかにあるはずなのだ……と。