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36 ドレスのお仕立て

 ミランダは仕立て屋の店に入って、店内を見回した。

 多様なドレスやスーツが所狭しと置かれて、まるで絵の具のパレットのような鮮やかさに心が浮かれる。


 そんな様子を、仕立て屋の男性はジッと見つめていた。


「まさかルシアンが、人間の女の子を娶るとはね」


 いきなりウェディングドレスを発注されて、驚いた様子だった。

 ミランダが振り返ると、男性は微笑んで挨拶をした。


「失礼。俺はこの仕立て屋の主、エリオ・リシャールです。祖父の代からの店を継ぎました。先代の竜王様からずっとご贔屓にして頂いています」

「ミランダ・ブラックストンです。よろしくお願いします」


 背の高いルシアンの隣に立つエリオは同じくらいの背丈と年頃で、ふたりの関係はまるで幼馴染みのように親しく見えた。


「あの、ルシアン様とはお友達なのですか?」


 ミランダの質問に、ルシアンが応えた。


「俺は友達じゃなくて客だぞ。この人間は畏れ知らずなのだ」


 エリオは構わず笑顔で続ける。


「彼とは子供の頃から顔見知りでね。いやぁ、あのルシアンが人間の花嫁をねぇ……」

「さっきからどういう意味だ?」

「だって、人間嫌いで引きこもりなのに」

「俺は人間を信用していないだけだ」


 ふたりのくだけた会話が新鮮で、ミランダは微笑ましく眺めた。

 エリオはミランダに近づいてくると、上から下まで、遠慮なく見つめた。


「ウェディングドレスを仕立てるなら、もう一度サイズを測り直した方が良さそうだ」

 ミランダの肩に触れようとしたエリオとミランダの真横に、いつの間にかルシアンが立っている。エリオはルシアンを横目で見た。


「近い、近い」

「俺の花嫁に……」

「触るなって? 服が作れないじゃないか」


 エリオは呆れて笑った。


 その時、店の扉が開いて、女の子が入ってきた。

 ミランダと同年代くらいの、金色の髪を頭の両サイドでお団子にした可愛い子だ。こちらに気づくと笑顔になった。


「あ! 竜王様⁉ お兄様、竜王様がいらっしゃるなら教えてくださらないと!」

「急に来たんだよ」


 どうやらエリオの妹らしいが、飄々としたエリオと違って明るく元気な雰囲気だ。

 ルシアンに駆け寄って、女の子は嬉しそうに挨拶をした。ルシアンは素っ気ないが、ずっと昔から知り合い同士だったような妙に親密な空気を感じて、ミランダは間近でヤキモキとした。明るい金髪に水色の瞳が可愛らしく、ミランダとは真反対の印象だ。


 エリオは手にしていたメジャーを首に掛け直した。


「丁度いい。妹のクレアに測ってもらおう。あの舞踏会のドレスは殆どクレアが作ったんだ」


 ミランダはヤキモキから我に返って、慌てて挨拶をした。


「あ、わ、私はミランダ・ブラックストンです。あの、素敵なドレスをありがとうございました!」

「あなたが竜王様の花嫁ね⁉」


 クレアはより笑顔を輝かせて、ミランダの手を取った。


「なんて素敵な方なの。竜王様とお似合いだわ! ご婚約おめでとうございます!」

「あ、ありがとうございます」


 ミランダはクレアから祝福を受け取って、勝手にヤキモキした自分が恥ずかしくなっていた。


(私ったら、クレアさんが可愛いくてルシアン様と親しげだから、やきもちを焼いたの?)


 ミランダは自分に驚いていた。こんな気持ちになったのは初めての事だからだ。


(やきもちって、本当に火が着いたみたいな気持ちなのね。恥ずかしい……)


 ミランダがひとりで戸惑っているうちに、クレアはミランダの手を取ったまま、隣の部屋に誘導した。


「隣に工房があるのよ。女の子しかいないから、あちらに行って測りましょう」


 気さくで優しいクレアにほっとして、ミランダは一緒に隣室に向かった。


 後ろからルシアンも着いて行こうとするので、エリオは肩を掴んで止めた。


「男子禁制だよ」

「しかし花嫁がクレアと……」

「女同士にまで嫉妬してるのか? 重症だな。新郎の服も作るんだから、君はここにいてくれないと」


 ミランダは背中の会話を聞いて、お互いにやきもちを焼いているのだとわかって笑いが溢れた。



 隣室の工房は作り途中のドレスが点在し、彼方此方で制服を着たお針子の女の子たちが働いていた。作業台に広げられたカラフルな端切れやレースが華やかで、まるで花畑のようだ。

 ミランダはクレアにサイズを測ってもらった後に、様々なデザインのドレスを参考に見せてもらった。


「ミランダさんはスタイルがいいから、どんな形のドレスも似合うわ。ああ、竜王様の花嫁の衣装を作らせてもらえるなんて、腕が鳴っちゃう……」


 可愛らしい印象のクレアは途端に目の色を変えて職人の顔になると、真剣にドレスの形を吟味している。


(クレアさん、流石プロのデザイナーなのね。あんな素晴らしいドレスを作るのだもの。お仕事ができるって、格好いいわ)


 ミランダは内心で、クレアの仕事への情熱に感嘆していた。


 大きな鏡の前で、ネックのデザインやスカートのラインが違うドレスを、ミランダは試着させてもらった。何変化もするミランダの周りに、お針子達も見惚れて集まってきた。


「わあ、お似合いですわ! こちらのデザインも是非!」

「プリンセスラインでお姫様みたいだわ!」

「マーメイドスカートも大人っぽくて素敵よ!」


 口々に意見と感想が上がって、ミランダは迷いすぎて目が回りそうだった。

 クレアがデザインするドレスはどれもラインが美しく、細部まで凝っている。まるで一着ずつに物語があるように浪漫が溢れていた。


 クレアは呆然としているミランダを鏡の向こうから覗き込んだ。


「ミランダさんはどんなドレスがお好き?」

「わ、私、どれも素敵で……本当に迷ってしまいます。あの、ルシアン様のご意向を聞いて……」


 クレアは首を振った。毅然とした瞳が光っている。


「ダメです。これは花嫁のための、花嫁のドレスですから。まずはミランダさんのイメージを優先するのです。ルシアン様にご意見を伺うのは、方向性を決めてからにしましょう。ルシアン様はセンスが良い上に決断力がありますから、きっとミランダさんは流されてしまいます」


 ご最もな応えとクレアの眼力に押されて、ミランダは呆然としたまま頷いた。

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