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35 花嫁と虹色の石

 期待で瞳を輝かせるミランダの目前で……。

 その箱はそっと開かれて、辺りは途端に虹色の光に照らされた。


「虹……! 虹の宝石だわ!」


 それは澄んだ透明の結晶の中に、水色や、ピンクや黄色や、淡い色を幾つも現す、虹色の宝石だった。

 ミランダはあのお花畑で見た、大きな虹を思い出した。あの時の感動がこの結晶に詰まっているように見えて、胸が高鳴っていた。


 あまりに神秘的な石なので、ミランダは夢中で見つめる最中でやっと、この宝石の下に美しい細工が施された、金色の輪があるのに気がついた。


「あれ? これって……指輪?」


 ミランダが呟いた時には、ルシアンは既に地面に跪いて、その指輪を箱ごとミランダに掲げていた。


「ミランダ。愛している。俺の花嫁になってくれ」

「え……え?」


 ミランダは呆然として、これがプロポーズであると気づくのに、時間がかかった。

 気づいてからも硬直して言葉が出ない様子に、ルシアンは小首を傾げた。


「人間のプロポーズは……こうじゃないのか?」

「あ、そ、そうです! 合ってます……」


 すべてが規格外の人外である竜王が、まさか人間らしいプロポーズをしてくれるなんて夢にも思わず、ミランダはだいぶ遅れて感激の波が押し寄せていた。


 指輪を掲げるルシアンの手を両手で包んで、ミランダは辿々しく返事をした。


「わ、私を、竜王様の花嫁に、してください」


 ルシアンは微笑んで指輪を箱から出すと、ミランダの左手の薬指にゆっくりと嵌めた。


 指の上に星屑が落ちたみたいに、シリウスの宝石はゆらゆらと虹色に輝き続けた。ミランダは震える自分の手を見つめた。


「綺麗……」

「硬度が高くサファイアに近い性質だが、どうやら新産の鉱物らしい」

「シリウスが生み出した貴石なんですね」

「ああ。よほど金塊が旨かったのか……世界にひとつだけのシリウス竜石だな。宝石商は散々売ってくれと言ってきたが、断って指輪に仕立ててもらった」


 ミランダは反射する洞窟の天井に指輪を翳したり、顔に近づけたり、虹の輝きの虜になっていた。


「こんなに美しい宝石を指輪にしてくださるなんて。嬉しい……」


 潤んだ瞳で指に見惚れ続けるミランダを、ルシアンは抱きしめた。そのまま優しくキスをして、互いに虹色に輝く瞳で見つめ合った。


「花嫁よ。まずは人間式の結婚式を挙げよう」

「人間……式?」

「ああ。白いドレスを着て、誓いますか、ってやつだ」


 どこで仕入れた情報なのか、大雑把なイメージだ。


「あの、人間式ということは、竜王式もあるのですか?」


 ミランダの質問に、ルシアンは言い淀んだ。


「ん? まぁな。白いドレスは着ないし、指輪も無いし……あまり面白くないぞ。俺はとにかく、ドレス姿のミランダが見たいのだ。ミランダは何を着ても可愛いからな」

「でも、私は竜王様の花嫁になるのですから、竜王式を挙げた方がいいのではないですか?」

「いや……それはまた今度にしよう」

「また今度……?」


 人間式と竜王式の2回式を挙げるのだろうかとミランダが考えるうちに、ルシアンは既にドレスで頭がいっぱいになっているようだった。


「よし、そうと決まったら、ウェディングドレスを仕立てるぞ! うんと豪華なやつだ!」



 ♢♢♢



 数日後——。


 ウェディングドレスを仕立てるために、ルシアンとミランダはスコーピオに乗って、竜族の森からほど近い、スファレ公国へとやって来た。


 国境の近くでスコーピオから降りると、そこには予約をしていたらしい馬車が待っていた。ミランダは御者に挨拶をすると、ルシアンに手を支えられて乗車した。


 馬車は農村地帯を駆けて、街に向かった。

 久しぶりの馬車でのお出かけ。しかもルシアンと一緒というのが新鮮で、ミランダは何度も景色が流れる窓と、隣の席を往復して見てしまう。

 ルシアンはシックな色のスーツにネクタイを合わせ、帽子を被って竜族の角をカモフラージュしている。高貴な身なりをした青年に見えるルシアンと、まるで人間同士のデートをしている気分になって、ミランダははにかんだ。


「ルシアン様、見てください。ほら。虹がこんなに輝いてます」


 馬車に差し込む朝日に照らされて、ミランダの指にある虹の宝石は美しい色を放っていた。

 ルシアンはその手を取って指に口付けをすると、ミランダを見つめて金色の瞳を細めた。


「うむ。今日も俺の花嫁は可愛いな」


 赤面するミランダとご機嫌のルシアンを乗せて、馬車は野花が咲き乱れる農道を進んだ。



 しばらく牧歌的な馬車の旅を楽しんだ後に華やかな街に到着し、ルシアンとミランダは馬車を降りた。

 美しい石畳を挟んで洒落た店が並び、そこには靴やリボンの形をした看板が掛かっていた。


 ミランダは地理の勉強はしても他国への旅行はしたことがなかったので、初めて訪れた国に舞い上がっていた。スファレ公国は小さな国だが貿易が盛んで、多民族が多く暮らす国だ。


「わあ、可愛いお店がいっぱいあります! 靴屋さんに、帽子屋さん!」


 はしゃぐミランダをルシアンは嬉しそうに見下ろしながら、エスコートして歩く。


「スファレ公国の港には上質な絹や装飾品が輸入されるから、服飾関係の店が多いな」

「だから街並みがお洒落なんですね」

「周辺国から貴族が仕立てに来るほど、職人が多くいるらしい。先代の竜王の行きつけの店があって、俺もよく連れて来られたんだ」

「では、ルシアン様が通い慣れた街なのですね!」

「うむ……まぁな……」


 ルシアンは曖昧に応えて、道の先にある、大きなショーウィンドウのある店を指した。


「あの店でいつも服を仕立ててもらっている。舞踏会でミランダが着たドレスも、測ったサイズに合わせて作ってもらった」

「そうだったんですね!」


 ミランダはあの妖艶なデザインのドレスの出所がわかって、嬉しさでお店に駆け寄った。

 高級感のある店舗のウィンドウには、これまた美しいドレスが飾られている。

 ミランダが口を開けて魅入っていると、唐突に店の扉が開いた。


 細い金縁の眼鏡を掛けた青年が現れて、こちらを見下ろした。ビシッと金色の髪を整えて、上質な白いシャツとベストを着こなしている。首にはメジャーを掛けていて、見るからに神経質そう……いや、繊細そうな職人だ。惚けていたミランダは、慌てて背筋を伸ばした。


 男性はミランダの後ろに視線をやって呟いた。


「ルシアン。立て続けに来るなんて珍しいな。雨でも降るのか?」

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