34 黄金のギャンブル
復讐の舞踏会を終えて。
まるであの蛮行の日々と断罪劇が嘘だったように、竜王城には平和が戻っていた。
祝杯と称してルシアンが作ってくれた豪華なディナーを食べて、すっかりお気に入りとなった火竜の湯を堪能して……。
ネグリジェに着替えたミランダは、自室の窓を開けて星空を見上げていた。涼しい風と満天の煌きにうっとりとしている。
「今日も星が綺麗……心穏やかに美しいものが見られるって、なんて幸せなの」
自身の冤罪もベリル王国の危機も解決し、恐怖や不安がすっきりと晴れたミランダは、身体まで軽くなったように感じていた。
ふわふわと回転しながらベッドに近づいて、軽やかにダンスの決めポーズをして。ポフン、とベッドに座った。あの舞踏会の夜のダンスが頭に焼き付いて、ずっと夢を見ているようだ。
「はぁ……素敵だったわ。ルシアン様」
豪華なシャンデリアを背景に鮮やかに輝く夜空色の髪を、優しく支えてくれる逞しい腕を、自分を真っ直ぐ見つめる金色の瞳を……何度も思い出して、ミランダはそのたびに惚けていた。
コンコン!
回想の最中にノックが鳴って、ミランダはハタと現実に戻った。
自分のおのぼせぶりが筒抜けの気がして、慌ててベッドから立ち上がる。
「はいっ!」
勢いよくドアを開けると、ルシアンが立っていた。空想の中の張本人が現れて、ミランダは飛び上がるほど驚いた。
「ルッ、ルシアン様! どうなさったんですか?」
湯上りのルシアンはやっぱりラフなシャツを着ていて、相変わらず色っぽい。夜間に自室を訪ねてくるのは珍しいので、ミランダの鼓動は加速した。
ルシアンは唇に指を当てて「しー」と言いながら、室内に入った。どうやらアルルに内緒でここに来たらしい。
気楽な様子で室内を見回し、そのままベッドに腰掛けるルシアンに、ドアを閉めたまま立ち尽くすミランダは緊張して固まった。ルシアンはいつもの涼しげな顔だが、その瞳は悪戯っぽく挑戦的な色を浮かべていた。
「えっと……」
ミランダの頭は高速で回って、正解を探した。
こんな夜更にルシアンはいったい、ここに何をしに来たのかを。
ルシアンはずっとミランダを「花嫁」と呼んでいるし、自分も「花嫁」を名乗っている。アンタレスの上で大胆にも恋心を告白してしまったし、キスも……交わした。
ルシアンはひょっとして、その先の「花嫁の仕事」を求めてここに来たのでは? とミランダの頭は答えを出して、沸騰するように真っ赤になっていた。
「ミランダ。秘密を覚えているか?」
ルシアンの意味ありげな質問に、ミランダはますます慌てた。
「えっ? ひ、秘密、ですか? な、何でしょう」
「ふふ……金塊のおやつだ」
思ってもみなかった答えに、ミランダは目を丸くした。
あの鉱物が乱反射する、夜の洞窟を思い出す。
「あっ、あの、鉱物を食べる竜……シリウスの?」
ルシアンが頷いて、ミランダはドッと肩の力が抜けると同時に、見当違いな推測をした自分が恥ずかしくなった。
ルシアンはポケットに手を突っ込むと、金色に光る丸い物を出して見せた。
それはミランダが幼い頃から見慣れた物だった。
「ベリル王国の……金貨?」
「ああ。先ほど森の端で竜が侵入者を知らせたので、アルルが生贄台を見に行ったのだが……これが山ほど積んであったのだ」
「いったい誰が、そんな大金を?」
「冤罪によって生贄となったミランダへの慰謝料と竜族への迷惑料だと、国王からの謝罪の手紙にあった」
「国王直々の謝罪ですか!?」
「ククク……王が己のマヌケを認めて、金を差し出したのだ」
掌でジャラジャラと金貨を転がすルシアンに、ミランダは唖然とした。
「それを……シリウスのおやつにして、またギャンブルをするおつもりですか?」
「ああ。アルルにバレないよう、少しくすねて来た」
ルシアンの悪戯っぽく挑戦的な瞳の理由がわかって、自分の勘違いぶりにミランダはお腹を抱えて笑った。ひとしきり笑って頭を上げると、いつの間にかルシアンは目の前にいて、ミランダの顔を興味深げに覗き込んでいた。間近の金色の瞳にのまれるように、ミランダは再び固まった。
「さっきから赤いほっぺが可愛いな。湯でのぼせたのか?」
「え、あう、あ、はい」
まるでミランダの心も金貨と同じように掌で転がされているみたいで、またドキドキしていた。
ふたりはマントを羽織ると、アルルに気付かれないように竜王城を抜け出して、スコーピオに乗って夜空を飛んだ。
シリウスの住む洞窟に到着すると、ミランダはルシアンに手を引かれて中に入っていった。
ここに来たのはあの秘密の夜以来だが、内部はやはり鉱物で美しく輝いていた。
ドシドシ……。
ルシアンの匂いを嗅ぎつけて、鉱物竜のシリウスが足音を立てて奥から走って来た。
ハリネズミのような背中の鉱物が乱反射して、洞窟内が明るくなる。
「よ~しよし、シリウス。お前は鼻がいいな」
ルシアンのマントに、また顔を突っ込んでいる。
「今日は珍しい、ベリル王国の金貨だぞ」
シリウスは掌に載せた金貨にしゃぶり付くと、まるでドッグフードでも食べるみたいに、カリカリと音を立てて咀嚼した。
その間にミランダは一生懸命、シリウスの背中を覗いた。
眩しくてよく見えないが、何種類かの鉱物の結晶が共生していて、透明や水色や、淡いグリーンに輝いている。もっと背中のてっぺんを見ようと岩の上に立つミランダを、ルシアンは見上げた。
「ミランダ。何をしてるんだ? 危ないぞ」
「あの大きな金塊を食べさせた後に、ギャンブルの結果がどうなったのか見ているのです。希少な結晶が現れたかもしれません」
「ああ、あれか。あの後、俺がひとりで確認しに来たら、珍しい結晶が背中に付いてたんだ」
「え!? ルシアン様、ひとりで見たのですか!?」
「ああ。ほんの小さな結晶が、蕾のように水晶にくっついていた。それを街の宝石店に持ち込んで鑑定してもらったら、鑑定士曰く未知の宝石だったんだ」
「えええ! 私も見たかったです! まさかその宝石を、売ってしまったのですか!?」
「ハハハ、俺はシリウスギャンブルの賭けに勝ったのだ! 大儲けだぞ」
「そ、そんな!」
ミランダは自分がその宝石を見られなかった悔しさで興奮して、岩から滑り落ちていた。
「きゃっ……」
ルシアンはそれを支えて、間近で笑った。自信に満ちた笑顔が優しく自分を見下ろしていて、ミランダは時を止めて見惚れた。
「嘘だよ」
「え?」
「ミランダに見せるために、ここに持って来ている」
「ほ、本当に!?」
ルシアンはマントの内ポケットに手を入れると、ベルベットでできた小さな箱を取り出した。