27 竜族のBBQ
夕食だと呼ばれて、ミランダは食堂へ向かった。が、廊下でアルルに引き止められた。
「お妃様。今日はお外でディナーですよ」
「まあ! 素敵ね」
竜王城の外に案内されて玄関から出たものの、そこには予期せぬ光景があって、ミランダは驚きで飛び上がった。
そこにいるのは、スコーピオと同じ赤い竜。
だけど、大きなスコーピオの体よりもさらなる巨躯を持つ竜が厳つい顔をして、芝生に佇んでいた。腹の明るいオレンジから背中の真紅に繋がるグラデーションが美しく、まるで炎のような色合い……と思ったら、チロチロ、と出す赤い舌が炎を纏っていた。
「か、火竜、ですか」
ミランダが硬直して見上げていると、ルシアンがエプロン姿でやってきた。
手には長い槍のような物を持っている。
「アンタレスだ。あの岩場の下でこいつが眠っているから、湯が湧いているのだ」
「そ、そうだったんですね。あの、アンタレスさん。いつも良いお湯をありがとうございます」
ミランダはアンタレスに頭を下げた。何なら土下座したいほどに迫力のある姿だ。
アンタレスの近くにはテーブルがあって、その上には冗談みたいな量の生肉が山盛りになっていた。ルシアンは手に持っている長い槍で肉を串刺しにすると、高々と頭上に掲げた。
「今夜はバーベキューだ! 大仕事の前にはやっぱり、肉だろう!」
あ、それはBBQの串なんですね、とミランダが思った直後に、その肉を目掛けてアンタレスが烈火を吹いた。
ゴォ!
肉が炎に包まれて、凄い勢いで焼かれている。
「ひえぇ⁉」
腰を抜かしそうになるミランダに、アルルはサラダを差し出した。
「はい、お妃様。お野菜も食べてくださいね」
「え、ええ、ありがとう」
ルシアンは肉の塊の表面をまんべんなく焼き、ミディアムレアの状態で火から上げると、鍋のソースに肉塊を突っ込んだ。漬けた肉を再び掲げて、今度は汁だくで炙った。
ジュウ、ジュワ~ッ、と美味しそうな匂いと煙が立ち上り、ミランダは思わず、涎を垂らさんばかりに釘付けとなった。
肉はまな板の上に置かれて大きな包丁で捌かれるが、まるでバターのように柔らかく切られていく。お皿に綺麗に盛って、ソースを掛けてマッシュポテトとクレソンを添えると、それはさっきまでの野蛮な肉塊とは思えない、お上品なディナーの一皿となった。
「これは花嫁殿に」
「あ、ありがとうございます」
ミランダがナイフとフォークを入れると、肉はスルリと簡単に切れた。その柔らかな質感は口に含むとより一層、際立った。溢れる肉汁と甘いお肉がお口いっぱいに広がって、ミランダは美味しさのあまり感激して、ルシアンを見上げた。
ルシアンは串ごと齧り付いて、豪快に肉を引き千切っていた。その隣で、アルルも丸ごと串から噛み千切っている。竜族の鋭い犬歯はこのためにあるのかと思うほど、雄々しい絵だった。
さらにその隣では、アンタレスがご褒美で与えられた巨大な生肉を頑強な牙と顎の力で貪っている。
「ひ、ひえぇ……」
あまりにワイルドなBBQにミランダはすっかり度肝を抜かれたが、竜族に負けじとお肉を頬張った。濃厚なお肉は勿論のこと、肉汁が溶け込んだソースにマッシュポテトが、これまた合うこと……!
ひと口ごとに力が漲るようで、肉、マッシュ、肉、マッシュ、と、ミランダはループに嵌った。
アルルは空になった串に新たに肉を刺しながら、ミランダに教えてくれた。
「これは体長が6メートルもある、幻の黄金牛のお肉なんですよ。凶暴なので狩るのが難しく、なかなか手に入らないのですが」
「これもタウラスが狩ったの?」
「いいえ。この牛だけは、アンタレスが狩りに行きます」
ミランダはアンタレスを見上げて、もう一度お礼を言った。
「アンタレスさん。ご馳走様です……」
ザビ帝国の侵攻を阻止する前夜祭の宴は、血湧き肉躍るほどワイルドに盛り上がったのだった。