23 竜王様の蛮行
一方、巨石の先の中腹で。
山賊の集団は茂みに身を潜めて、子爵の馬車を待っていた。
真っ暗な山道で車輪の音に耳を澄ませていたが、一向に物音はしなかった。
待ちくたびれて痺れを切らした山賊たちは、口々に文句を漏らした。
「チッ、まだ来ねえ。本当に来るのかよ?」
「おかしいな。頭の情報じゃ、もうここを通ってもいい頃合いだぜ」
「ガセじゃねえのか? さっきから人っこひとり通らねえ」
「そんな訳ねえだろ。頭の情報はいつも確かだ。そのおかげで、たんまり稼がせてもらってんだ」
見張り役が苛立って山道の先に目を凝らすと、奥の方に小さくランプの灯りが見えた。
「おい、灯りだ!」
小声の合図に山賊たちは色めき立って、茂みから身を乗り出した。
馬車の灯りかと思いきや、近づくにつれ、それは徒歩の人間だとわかって集団は唖然とした。
背の高い男がひとり、こちらに向かって歩いて来ている。マントのフードを深く被って顔は見えないが、服装から高貴な身なりだとわかる。しかも、剣も持たずに丸腰だ。
「おいおい、子爵ってあれか? 徒歩で、しかも一人だぞ?」
「いや。情報では馬車に乗って金品も車に積んでいるはずだったが」
「へへへ、お貴族様がこんな夜道で迷子かよ。丁度いい。馬車強盗の前にあいつの身ぐるみを剥いで、酒代の足しにするか」
茂みからぞろりと山賊の集団は出てきて、山道を塞いだ。
手にはそれぞれ、剣やナタなど大きな刃物を持って光らせている。
「おい、そこのお貴族さんよ。命が惜しかったら、有り金を全部ここへ出しな。通行料だ」
山賊の半笑いの脅しに、こちらに歩いてきたマントの男は立ち止まった。命乞いをするか、逃げるかと思いきや、質問を返してきた。
「お前ら、ベリル王国の民か?」
「はぁ?」
山賊は意味不明な質問に顔を見合わせた。
「何だこいつ? ベリルの民だから、何だって?」
マントの男は「ハァ~」と溜息を吐いた。
「情けないな。金銭目的で同胞の民を殺すとは。人間はどこまで愚かな諍いを起こすのだ」
場違いにして大層な嘆きに山賊は苛立ちを募らせて、刃物を振り上げた。
「てめえ、偉そうな口を利いてんじゃねえ!」
振りかぶった刃物をマントの男が指差したその瞬間に、山道の一体は青い光に満ちた。
轟音が鳴り、山が揺れるほどの衝撃の後で、山賊は全員が地面に倒れていた。
悲鳴ひとつ上げる間も無く、白目を剥いている。
「そんな物騒な刃を持ち歩いているから、雷が落ちたではないか」
フードを頭から下ろしたルシアンは、地面で佃煮のようになった集団を見下ろして笑った。
上空でスピカに乗って事の成り行きを見守っていたミランダは絶句した。雷の威力に驚き、さらにその結果の惨状が衝撃的だった。
「お妃様、終わりましたね。着陸しますよ」
アルルはスピカを降下させると、ミランダの手を取ってルシアンの元へ駆け寄った。
「ルシアン様!」
ミランダは現場に近づくと、散乱する山賊たちが黒焦げの死体に見えて足を竦ませた。
「こ、この者たちは死んだのですか?」
「死なない程度に落としたつもりだが、どうかな」
ルシアンはピクリともしない山賊の手首を掴んで、脈を確かめた。
「うむ。なんとか生きてるな」
ルシアンが空を見上げると、山頂で待機していた竜たちが降りて着た。山賊たちの体を掴んだり咥えたりして捕獲すると、再び上空に舞った。
「適当な洞窟にでも放り込んで、事が済むまで監視しておけ。それから、山道の入り口に置いた石も通行の邪魔にならないように戻しておくんだ」
ルシアンの指示を聞いて、竜たちは竜族の森の方向と山道の下り坂にそれぞれ向かって散った。
ミランダは呆気にとられたまま、竜が飛んでいく空を見上げている。
「あの山賊たちはベリルの民なのですね」
「ああ。酒場で出会ったザビ帝国のスパイを何者かも知らずに頭と呼んで、強盗先の情報を貰って稼ぎまくってた奴らだ」
「そんな……自国民が敵国に協力するなんて」
「ああいう奴らは明日の酒代しか考えていない。自分達が何に関わり、何をしでかしてるかなんて、考えるのも面倒なのだろう」
アルルは始末後の証拠をひとつも残さないように、散らばった刃物や衣類を集めて袋に入れて回っている。袋の口を縛ってスピカに持たせると、ルシアンを仰いだ。
「これで一連の強盗殺人はカタがつきましたね。次は、河川への毒物の流入です。実行は帝国の3人のスパイのうちの2人です。農村地帯で農民のふりをして、多数の樽を上流に運びます。これが実行されたら、一帯の生活水が汚染されて大変な事になります」
「人心を恐怖で支配するために自然を穢すとは……愚か者め」
竜族の立ち話を聞きながら、ミランダは証拠を消された黒い地面を見下ろし、もう一度ルシアンを見上げた。
指先ひとつで落雷を呼び、あれだけの人数を一瞬で丸焦げにしてしまうのは恐ろしい力だったが、これ以上無実の人が強盗殺人の被害に遭わずに済んだと考えると、ミランダの心はほっとしていた。
そして、上空から目撃した現象に首を傾げた。
(あの山賊たちの頭上には、何か黒いモヤモヤが見えたわ。暗くてよく見えなかったけど、気のせいかしら)
ミランダは貢物から見つけた呪文と同じ感覚を人間にも感じた気がしたが確証が持てず、ルシアンとアルルには言い出せなかった。