22 生贄台の金塊
「ルシアン様! これを見てください!」
朝からアルルが転がりそうな勢いで、玄関に飛び込んで来た。
掃除の途中だったミランダが驚いて駆け寄ると、アルルは両手いっぱいに輝く金塊を抱えていた。
「まあ! アルル君、その金塊はどうしたの!?」
「お妃様。それが、これだけじゃないんです」
アルルが後ろを振り返ると青竜スピカが佇んでおり、その手にも山盛りの金塊と金貨の入った袋を抱えていた。
「僕はいつも通り、貢ぎ物の回収をするために森の生贄台を廻ったのですが……」
ミランダは自分が生贄になった時に寝かされた、石造りの大きな祭壇を思い出した。牛や豚を丸ごと置いたり、野菜を並べて竜族に貢ぐための場所だ。
「あの生贄台に金塊が置かれていたの?」
「はい。ユークレイス王国とガレナ王国、クリスタ公国から……」
ミランダは目を丸くした。
「え? 生贄台って、いくつもあるの?」
「はい。どの台もすべて、それぞれの国が勝手に自国の境界線に作った物なんです。東西南北すべての森の端には生贄台があって、定期的に食べ物や美術品が置かれるのです」
ミランダはあの、膨大な数の美術品や家具を思い出した。
竜王が断捨離と称して各国に突き返した結果、今度は代わりに現金を置いたのだろうか。
アルルの説明を聞いているうちに、後ろからルシアンがやって来た。
お昼のパンを作っている最中だったようで、ポニーテールに粉まみれのエプロン姿だ。
「フフン。奴らめ、俺に呪いを掛けたのがバレたと恐れて、金を積んできたわけか」
アルルはポケットから、何通かの手紙を出した。
「ユークレイス王国から、呪文についての謝罪と経緯の説明です。この金塊は慰謝料だそうです。他国も同じような事を言っていますね。貢ぎ物に呪文が紛れていたのは王の意思では無く、不手際だったと」
「ふん。白々しい。王自身か、近しい者の仕業に違いないだろうに」
ルシアンは侮蔑するように手紙の束を見下ろした。そしてアルルから金塊を受け取って、その重さを手で測ると、ミランダに差し出した。
「花嫁よ。気分はどうだ?」
「え? 気分って……驚いていますが」
「いや、呪いだよ。この金塊に呪いは掛かっているか?」
ミランダはギラギラと輝く金塊に近づいて、じっと見つめたり匂いを嗅いだりして、首を傾げた。
「さあ……特にモヤッとしないので、普通の金だと思います。それに、このタイミングで竜王様にまた呪いを寄越すなんて好戦的な行為は、どの国も怖くてやらないと思いますよ?」
ルシアンは満足そうに頷いた。
「ミランダは可愛いな。小さな探知犬だ」
「探知犬……」
「俺にもアルルにもわからない呪いを嗅ぎつけるのだからな」
自慢げに言いながら、ミランダの頭を撫でた。
「で。可愛い探知犬は、今夜の蛮行に付いて来るのだろう?」
ミランダはドキリとした。今日はまさに、聖女フィーナが下した一つ目の予言が実行される日なのだ。ミランダは緊張しながら頷いた。
「勿論、付いて行きます。私は花嫁なので」
「うむ。いい子だ」
ルシアンはさらにミランダを抱えて、グリグリと頭を撫でた。
♢♢♢
夜になり。
スピカに乗ってベリル王国にやって来たアルルとルシアン、ミランダは、港近くにある人気の無い山道にいた。フィーナが予言した強盗殺人は、今夜この場所で実行されることがアルルの調べでわかっていた。
「お妃様、大丈夫ですか?」
アルルが心配顔でミランダを覗き込んでいる。
今朝は毅然と「付いて行きます」と言いながら、いざ蛮行の現場に来てみれば、恐怖と緊張で身体がガタガタと震えていた。
「だ、大丈夫よ。こ、これは武者震いだわ」
山道は港から街を結ぶ唯一の通り道だが、夜更になると滅多に馬車は通らない。静まった山中のどこかに殺人犯が潜んでいると思うと、ミランダは気が気ではなかった。
「オーライオーライ、もっと真ん中に置くんだ」
ルシアンは工事現場の指揮をするように、竜達を操作している。空か
ら2頭の竜が巨大な岩石を運んで来て、山道の真ん中に設置した。
ズズゥン。
重さで地響きがするほどの巨石はスッポリと道を塞いで、ルシアンは2頭の竜を撫でた。
「よしよし、ご苦労。お前達は次に呼ぶまで山の中に潜伏していろ」
「キエッ」「クーッ」
竜達はルシアンに従って飛び立ち、夜空の中に消えていった。
アルルはポケットからノートを出して開くと、メモの内容を読み上げた。
「ターゲットは今夜、港町で商談を済ませた貿易商人の子爵です。大金を持ってこの道を通る予定でしたが、巨石が占拠しているので引き返すでしょう。この先の山の中腹にある細い道に強盗殺人犯の山賊が待機しています。ロープを使って山道にトラップを仕掛け、馬車を停車させる手口ですね」
アルルの話を聞きながら、ルシアンは後ろで真っ青な顔になっているミランダに歩み寄った。
「ミランダ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
震えて胸に当てている手を取って、ルシアンは両手で握った。
「ミランダには誰にも、指一本触れさせないと約束する。安心するんだ」
夜空を背景に金色の瞳が力強く煌めいていて、ミランダはその頼もしさに安堵して頷いた。
ルシアンはマントのフードを被って角を隠し、山道を中腹に向かって歩き出した。
ミランダはアルルと一緒にスピカに乗って透明になり、上空からゆっくりとルシアンの後を追った。
暗闇の中を歩くルシアンは武器を持たず、しかも手にはランプを持っているので、潜伏する山賊からは丸見えであろう無防備な姿だ。
山の中腹に近づくにつれ、ミランダの心は不安と心配だけではない、モヤモヤとした感覚が強くなっていった。