21 偽聖女の儀式
翌朝——。
ベリル王国では、厳かな儀式が始まろうとしていた。
宮廷の教会の鐘が鳴り、貴族達が列を成して集まってきた。
教会内では各々が扇で不穏な顔を隠しながら、ざわざわと噂話をしている。
「今日はいったい、どんな恐ろしい予言が下されるのかしら」
「先週の崩落事故や馬車強盗も当たりましたものね」
災難への恐怖から聖女フィーナの予言を聞きたがる貴族が後を絶たず、宮廷は定期的に予言の会を開くようになっていた。
小声で歓談する富豪の伯爵は、緊張で汗を拭った。
「いやはや。予言を聞かなければ、落ち着いて日常も過ごせなくなってしまった」
「本当に。先々週に予言された事故を警戒して、私は一週間は家に籠りましたよ」
司祭と一緒に聖女フィーナが壇上に現れると、全員が歓談を止め、息を飲んで強張った。
シンと静まり返った会場で、フィーナに縋るような視線が集まる。
吹き抜けの天井から射す朝日に両手を広げ、天啓を浴びる様に目を閉じると、フィーナは予言を下した。
「富を持つ国民の誰かが、襲撃の災難に遭うとの啓示です」
「清流が穢れるでしょう。幾多の魚が死に絶え、民の生活が脅かされます」
「ああ……恐ろしい大火も見える。賑わう町のどこかで大火事が起きるでしょう」
「そして……戦が始まります。北の地に無残にも大量の血が流れるのが見えます……」
会場は恐怖の声でどよめいた。
フィーナの予言は断片的で、いつ、どこでかはハッキリとしない。
自分に関係が及ぶのかわからない災難は、すべての人々を恐怖に陥れた。
「皆様。お祈りください。私はこれから起こる災いを全力で最小限に抑えます」
苦しい顔で祈りのポーズをするフィーナに、全員が平伏し、祈った。
予言の会が終わると、袖で待っていたジョゼフ王太子はフィーナに駆け寄った。
「フィーナ! 今回は恐ろしい予言がいつもより多いようだね!」
「ええ。私は宮廷に招かれてから、予知の力が以前よりも強くなったのです」
「おお、何という事だ。素晴らしい!」
フィーナの金色の髪と純白の修道服が朝日で照らされて、笑顔が天使のように輝いて見える。
「ジョゼフ王太子殿下。王族である貴方様は、聖なる加護をお持ちなのです。その光が私に力を与えてくださっているのですよ」
「ぼ、僕が? 僕がフィーナの力に影響しているのかい?」
「ええ。殿下の加護はますます強くなっています。あの毒殺犯……殿下の元婚約者であった侯爵令嬢がいなくなって、穢れが祓われたのでしょう」
「そんな……ミランダが僕の力を封じていたなんて」
複雑な顔をするジョゼフ王太子の唇に、フィーナは指を当てた。
「不吉な犯罪者の名を口にしてはいけません。殿下はずっと、魅了という悪どい力で騙されていたのです」
ジョゼフは悲しげに頷いた。
「君が予知してくれなかったら、この国は大変なことになっていたんだね」
「ええ。でももう大丈夫です。私は貴方様のお側にいるだけで、どこまでも未来を予知できるでしょう」
ジョゼフ王太子は感激してフィーナを抱きしめた。
「ああ、愛しいフィーナ! 君がいれば、僕は安心して国を治められる。僕は歴代で最も優れた王になれるかもしれない!」
王太子の甘えた展望は浸け入る隙が丸出しで、フィーナは抱き合う肩越しで愉悦で吊り上がる唇をゆっくりと舐めた。




