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20 花嫁の覚悟

 その日の晩の応接間の会議には、ミランダも参加した。

 テーブルの上にはアルルが記録したノートが広げられ、聖女フィーナによって予言された内容と、実際に起きた災害や事故が照合されていた。


 自然災害を謳った人災によって山や民家が燃やされ、公共の橋が落とされている。強盗や事故に見せかけた殺害も多数あり、ミランダは目を通しながら顔を顰めた。


「酷い……無実の国民をこんな目に合わせて」

「奴らは最終的に戦争によって王国を滅ぼし、民を奴隷化するのが目的だから、これは手始めの犠牲にしか過ぎないのだ」


 理不尽にも不幸な目に遭ったのは自分だけではなかったのだと、ミランダは思い知らされた。それどころか、家族や自分の命を失った人たちもいるのだ。怒りで手が震え、ノートを強く握った。


 ルシアンはアルルと顔を見合わせて、もう一度ミランダを見た。


「ミランダ。俺は花嫁をいじめた奴らを懲らしめるつもりで調査を始めたが、結果、この予言の騒動はベリル王国の存亡の危機であるとわかった。竜王として人間に、ましてや国同士の諍いには関わらないと決めているが、竜族の森の近くでドンパチやられるのは好かん。それに、ザビ帝国が竜族を取り込もうと画策しているのも気にくわんのだ」


 紅茶をひと口飲むと、ソファにふん反り返った。


「だから奴らを懲らしめて、ザビ帝国の侵略を阻止する計画は変わらない。それには手荒な事もするつもりだが、花嫁殿はこの蛮行に参加するか?」


 蛮行、という言葉にミランダは躊躇した。

 凛とこちらを見据えるルシアンの黄金の瞳は、人間とかけ離れた冷たさと厳しさを秘めていたからだ。


 だが、ミランダの中にもその瞳と同じように、燃える怒りが芽生えていた。自分が生まれ育った故郷を滅茶苦茶にする輩を許すわけにはいかない。


「はい。参加します。ベリル王国でもザビ帝国でも、乗り込むと言うのならば、私はお供します」


 毅然とした返答に、ルシアンはにやりと口角を上げた。


「ふふ……俺は人間の花嫁というのは、か弱く可愛いものだと思っていた。だが、こんなに勇ましい顔もするのだから驚くな」

「悪夢は全部、竜王様が食べてしまいましたから。もう怖いものはありません」


 アルルは意味がわからずキョトンとしているが、ルシアンは笑っている。


「では、覚悟ができているという事だな?」


 ルシアンは立ち上がると、アルルを見下ろした。


「アルル。席を外してくれ。花嫁殿の覚悟を測る」

「え!? あ、は、はい!」


 アルルは意味がわからないまま何やら真剣な空気にのまれて、急いで応接間を出て行った。

 バタン、と扉が閉まって、ルシアンとミランダのふたりだけになった室内はシンとした。


 ミランダは毅然とした顔と姿勢のまま、いったい何の覚悟を測るのかわからずに緊張していた。

 何かのテストだろうか? 儀式なのだろうか?

 ルシアンはスッと自分の懐に手を入れると、何か紐のような物を内ポケットから出した。

 ドキドキ、とミランダの鼓動は高鳴るが、何故かルシアンも同じように緊張しているように見える。


「えーと、測るのは覚悟というか、その……」


 言いながら紐を解くルシアンの手元をよく見ると、それは紐ではなかった。

 ミランダは思わず、指をさした。


「え? メジャー?」

「う、うむ。花嫁殿の、身体のサイズを測らせてもらう」


 一瞬、応接間は時が止まったようにシンとして、時間差でルシアンは赤面し、ミランダも赤面した。


「ちょっと待ってくれ。誤解をしないでほしいのだが……」

「な、何故、覚悟に私の身体のサイズが必要なのですか?」

「け、計画に必要なのだ。だ、断じて、ふざけているわけじゃないぞ」


 さっきまで竜王然としていたのが嘘のようにルシアンが狼狽る様子が可笑しくて、ミランダは疑問を捨てて開き直った。


「私は竜王の花嫁ですから。サイズくらい、どうぞ」


 立ち上がって自分の間近に立つミランダに、ルシアンはこれ以上なく緊張している様子だった。


「で、では、失礼して」


 そっとメジャーをミランダの首の後ろに回し、前面に目盛りを合わせて、まずは首周りを測った。


「……」


 互いに無言の中で、ルシアンの真剣な顔はメジャーを見ているのだろうが、まるで自分の身体を見られているようで、ミランダは緊張のあまり息を止めた。

 肩幅、背巾と、測る場所が胸に降りて来て、開き直ったはずのミランダは鼓動が暴れるほど鳴っていた。

 ルシアンはテーブルの上のメモにサイズを書くと、慎重に続きを測った。

 ミランダにはこのようにサイズを測る経験が幾度かあったので、理由はわかっていた。


(服を仕立てるのね。きっと計画に必要な変装の衣装なのだわ)


 だが、今まではいつも仕立て屋の顔馴染みの女性が測っていたので、男性に、しかも恋心を寄せる相手に測られるなんて、恥ずかしいにも程があった。

 ウェスト、ヒップ、身丈に、着丈……。

 すべてを測り終わった後、ルシアンはミランダを椅子に座らせた。


「えっ」


 ルシアンは跪いて、ミランダの編み上げブーツの紐を解いている。


「あの、靴も……?」

「正確なサイズじゃないと、花嫁が足を痛めてしまう」

「え、でも、竜王様にそんな」


 まるで従者のように地面に這いつくばって自分の足のサイズを丁寧に測っているルシアンの、夜空色の髪と角が目の前にある。

 ミランダは申し訳ないような恥ずかしいような気持ちで大人しくしていたが、いつも背の高い位置にある角が近くにあって、思わず角の近くの髪に触れてしまった。灯りで照らされた紺色の髪は濃い青や紫に色を変えてサラサラと流れる。

 髪と同じ色の角はミランダの掌で丁度握れるサイズで、僅かに美しいカーブを描いていた。触っていいものか分からず、髪を撫でながら角を観察していると、ルシアンは下を向いたまま、ぽつりと呟いた。


「角は誰にも触らせないのだが」


 ミランダはビクッと髪から手を離すが、ルシアンは笑いを溢す。


「花嫁だけの特権だ。好きなだけ触っていいぞ」


 許可を得て、ミランダはたまらずに、そっと角に触れた。

 特権と言われて、卑しくも独占欲が疼いてしまった。


「あ……艶っとして……気持ちがいい手触りです」

「そうか。それは良かった」


 夜が更けた応接間は真剣で親密にして、妙な会話で満ちていた。

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