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18 透明なふたり

 ミランダが竜王城に来てから、一週間が経った頃——。


「えーと、ここに行って、それからこっち」


 城の外で、アルルは難しい顔で地図を確認している。

 その背後からミランダは近付き、不意打ちでアルルが持っている地図を覗き込んだ。


「アルル君」

「うわぁ!?」


 アルルは咄嗟(とっさ)に地図を背中に隠した。


「お、お妃様!? 外に出ちゃダメじゃないですか! 今日はお城の中でお留守番してなさいって、ルシアン様に言われたのに」


 ルシアンが早朝から遠出したため、竜王城はミランダとアルルのふたりきりだった。

 アルルも「町に行く」と外に出たので、ミランダはアルルが透明になる前に、こっそりと追いかけたのだった。


「アルル君。私にずっと、何か隠しているでしょ?」

「え? いや、何も隠してないですぅ」


 会話をしながら、アルルは地図を無理やりポケットに押し込んでいる。

 ミランダがこの城に来て以来、度々ルシアンとアルルが応接間で何かを打ち合わせていたり、アルルがこっそりと町で何かを探っているのをミランダは察知していた。


「ベリル王国に行くのでしょ? 私の祖国に」

「そ、それは……その、欲しい食材がありますから」

「私も一緒に連れていって」

「ダ、ダメですよ! お妃様を危ない目に遭わせたら、ルシアン様に僕が怒られます!」

「大丈夫。ベリル王国にいても私だとわからないように、今日は工夫をしたの」


 ミランダは素朴なワンピースとブーツを身に着けて、髪を町娘のように三つ編みにしている。侯爵令嬢に見えないよう、変装したつもりになっている。


「アルル君はずっと、聖女フィーナについて調べているのでしょ?」

「えっと……」


 アルルの目が泳いで、それは正解なのだとわかった。


「アルル君は子供だけど、ルシアン様に信頼されて仕事を任されているわ。私のことも同じように信頼してほしいの」

「うう……」

「竜王の花嫁として、自分の目で仇の正体を確かめて知っておきたいのよ」


 アルルはミランダの毅然(きぜん)とした瞳に()まれていた。


「わ、わかりました。だけど、絶対に僕から離れないと約束してくれますか?」

「ええ。約束するわ」


 アルルはミランダにもパイロット用の眼鏡を渡して、ふたりで青竜スピカの背中に乗った。


 ミランダがアルルを後ろから抱えるように座ると、アルルもミランダも、そしてスピカも一瞬で透明になった。


「き、消えたわ!」

「僕に触れている限り透明です。透明のまま王国の上空を偵察するので、しっかり掴まってください」


 スピカは森を飛び立ち、あっという間に快晴の空に浮かんだ。

 羽ばたきを殆どせずに、風に乗って滑るように飛んでいく。温泉に行った時よりも、お花畑に行った時よりも、ずっと高度が高い。


「きゃあ! た、高……」


 体感したことの無い圧倒的な高さと速さにミランダは恐怖を感じたが、それはすぐに爽快(そうかい)な気分に変わった。流れる風と雲の中、軽々と国境を飛び越えていくダイナミックな飛行に心が弾む。


 小さくなった竜族の森は街の景色に変わり、ベリルの王都が眼下に広がった。


 アルルは前方を指差した。


「お妃様! あれがベリル王国の王城です!」

「わぁ、あんなに小さいわ!」


 悪夢にまで見た、あの舞踏会の断罪。牢獄の絶望。そしてジョゼフ王太子と過ごした、仮初(かりそめ)の婚約者としての日々……自分を翻弄(ほんろう)し、恐ろしく強大に感じていた世界はこんなにちっぽけだったのかと、ミランダは笑いがこみ上げた。


「アルル君! 世界は広いのね」

「はい! 竜の目で見れば、沢山のことが見渡せます」

「本当ね……知らなかったわ」


 見慣れた街に、侯爵家の土地。いつも乗った馬車。着飾った娘達。

 小さく見えるあの屋敷で、ミランダはずっと王太子妃になるための教育を受けていた。お(しと)やかで気品のある完璧な令嬢を目指して。


 それが今、上空で竜に乗って、ワンピースと三つ編みをはためかせているのだから、人生ってわからない。懐かしさはあっても、不思議と寂しさはなかった。小さな箱庭を俯瞰する竜の目はミランダの心を(たくま)しくしてくれた。


「さあ、ここで降りますよ」


 アルルは人のいない森林に竜を着陸させて、ふたりは地面に降りた。

 スピカはそのまま飛び立って空を旋回している。


 ミランダはアルルと手を繋いで、透明人間のまま町へ向かって歩いた。

 自分も見えないし、アルルも見えない。しかも、すれ違う人々も自分達が見えていない、という状況は不思議だった。勿論、声を出せば聞こえてしまうので、ミランダは緊張して口を固く閉じていた。


 田畑の景色はやがて、郊外の町へと移り変わった。

 前方にはポツリと佇む白い教会が見える。どうやらここがアルルの目的地のようで、ふたりは教会を前に立ち止まった。 


 透明なアルルは小声で忠告する。


「お妃様。今から何が起きても、絶対に声を上げないでください」


 ミランダはかしこまって、透明のまま頷いた。

 シスターが教会の扉を開けたタイミングで、アルルはミランダを連れてスルリと中に入った。教会の中には、町民が何人かいるだけだ。


 アルルはさらにシスターにピッタリ付いて裏口に回ると、小さな個室の中にサッと入った。

 3メートルほどの広さのスペースには椅子だけがあり、中央に格子状の衝立(ついたて)がある。


 こんな小さな部屋に息を(ひそ)めてバレないのかと、ミランダは無人の空間でドキドキしていた。アルルは潜伏に慣れているのか、平常心で身動きひとつしない。


 壁にピタリと背を付けてしばらく待っていると、キィ、と扉が開いて、女性が入って来た。


 白い修道服に、金色の髪。淑やかな顔のその人は——。


(聖女フィーナ!!)


 ミランダは心臓が凍りついた。

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