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15 蘇る牢獄

 ルシアンを見送ると、ひとりで紅茶とクッキーを頂いて、ミランダは客室に戻った。


 貢ぎ物が無くなって広くなった部屋には、代わりにミランダのための服や日用品が増えて、完全に女の子の部屋になっていた。


「アルル君も買い物に行っちゃったし、タウラスもお腹いっぱいになっちゃったし……お部屋の片付けでもしましょう」


 ミランダは洗濯をして乾いた服をクローゼットに掛けながら、途中で白い服を手にして時を止めた。

 生贄として牢獄から出荷された時に着せられていた、簡素なドレスだ。汚れが落ちて綺麗になったそれを見ているうちに、ミランダは忘れていた現実を思い出した。


「私、数日前は生贄だったのね……なんだか嘘みたい」


 竜王城に来てからルシアンとアルルに、そして竜たちにも優しく受け入れて貰えて、自分が処刑を宣告された囚人だったとは信じられなかった。


「あれからベリル王国の人たちはどうなったのかしら……」


 ジョゼフ王太子と聖女フィーナの顔が浮かぶ。それに自分の家族になるはずだった王族達や、生家である侯爵家の家族……処刑された自分のことなど忘れて、みんな平和な日常に戻っているのだろうか。


 ミランダは急に悲しい気持ちになって、生贄のドレスを握りしめた。

 続けて嫌な場面の記憶が浮かんでくる。

 理不尽(りふじん)に断罪された舞踏会のこと。過酷な牢獄での日々……。

 束の間のひとりぼっちにあの孤独感が(よみがえ)り、ミランダは胸が苦しくなっていた。ポロポロと涙が溢れて、自分が泣いていることに気づいて驚いた。


「いやだ……思い出しただけで涙が出るなんて」


 ベッドに座って呼吸を整えるが、涙は止まらなかった。そのまま仰向けになって、両手で目を塞いだ。


「考えてはダメ……もう過ぎた事なんだから」


 次々浮かぶ記憶に蓋をするように自分を説得しているうちに、ミランダは意識が遠のいていった。



 そして次に目を開けた時には、石造りの暗い天井が見えていた。


「え?」


 薄暗く湿気た、カビ臭い、石で囲まれた部屋。寂れたベッドと薄汚れたシーツ。

 ミランダは蒼白になって身を起こした。

 見回すとここは、忌々(いまいま)しい牢獄の中だった。


「う、嘘……」


 囚人としてジョゼフ王太子を待つ長い時間の中で、自分は幻想を見ていたのだろうか。どっちが夢で、どっちが現実なのかわからなくなっていた。


 鉄格子の向こうから(かた)く響く足音が聞こえて、ミランダは身を竦めた。あれは兵士達の足音だ。処刑を宣告しにやって来たのだ。


「そんな……嫌……私は何もしていない! 全部、聖女フィーナが仕組んだ事なのに……! 誰か、誰か助けて!」



 空を掴むように手を差し伸べた瞬間に、ミランダは目を覚ました。


 ふかふかのベッドの上で、夕陽色に染まった高い天井を見上げている。

 恐る恐る周りを見回すと、ここは広々とした竜王城の客室だった。


「ゆ、夢……?」


 心臓がバクバクと早鐘(はやがね)を打っている。汗をびっしょりとかいて、涙まみれになっていた。


「なんてリアルな夢……私、竜王城が幻だったんじゃないかと……」


 夢だったとわかっているのに、ショックで涙が止まらなくなっていた。本当は牢獄が現実なのではと疑うくらいリアルな夢は、あの最悪な時間にミランダを引き戻した。


 しばらく震える手で顔を覆っていたが、いてもたってもいられずに、ミランダは部屋を飛び出した。


 階段を駆け降り始めてすぐに、一番下にアルルを見つけた。階段に腰掛けて、何やら集中して小さなノートに文字を書いている。


「アルル君!」

「わあ!?」


 突然に後ろから抱きしめたので、アルルは飛び上がった。


「お、お妃様!? どうしました!?」


 アルルは慌ててノートを閉じて、ポケットにしまった。何かを隠した様子だったが、ミランダにはそれを気に留める余裕は無かった。


「アルル君、現実だったのね。良かった……」

「な、何の事です?」


 震えているミランダの腕にアルルは心配して触れた。あからさまに泣いた跡の顔を振り返って、アルルは不安げに眉を下げた。


「あの……怖い夢でも見ました?」


 図星を当てられて我に返ったミランダは「えへへ」と笑って離れた。

 心配顔で自分を見上げている幼いアルルに、夢の話をするのが恥ずかしくなっていた。


「あのね……野菜の皮を投げる以外で私にできること、あるかしら? お手伝いをしたいの」

「あ……じゃあ、一緒に野菜を洗いましょうか。夕食の準備をするので」

「それなら私でもできるわ!」


 キッチンで他愛ない話をしながらアルルと一緒に野菜を洗い、ミランダは明るく振る舞える自分に安堵した。竜族に沢山お世話になっている自分が、これ以上落ち込んで迷惑をかけられないと考えていた。


(悪夢を見て泣いただなんて、ルシアン様にも悟られないようにしないと)

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