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14 地下と謎の声

 断捨離を終えた竜王城の頭上には、数年ぶりに完璧な晴天が広がった。温かな日差しに照らされて、人も竜も庭でのんびりと日向ぼっこをしている。


「それ、それ、そーれ」


 右、左、上空へと、ミランダは野菜の皮を投げた。

 緑竜のタウラスはそれを追いかけて、器用にパクッと、宙で捕らえる。

 まるで小鳥に餌をあげるように……実際には地響きがするほど大きな竜だが、ミランダはタウラスと(たわむ)れる午後を楽しんでいた。


「うふふ。いい子、いい子ね」


 頭を撫でるとタウラスは気持ち良さそうに、うっとりと目を細めている。


「お妃様。竜を触れるようになりましたね」


 近くで青竜スピカの身体を拭いていたアルルは感心している。


「スピカちゃんも、はい」


 ミランダはスピカの元へ野菜の皮を投げたが、スピカは澄まし顔でそっぽを向いた。


「あら?」

「スピカは野菜の皮が好きじゃないです。新鮮な果物と身体を拭かれるのが好きですね」

「竜によって好き嫌いや個性があるのね。私、もっと竜のことが知りたいわ」


 昨晩、勇気を出してルシアンに自分の気持ちを打ち明けたミランダは、より一層、竜王の花嫁として気合が入っていた。

 が、今できることといえば、野菜の皮を投げるだけ……。意気込みは空回りしていた。


 ()けて立っていると、ツン、とタウラスがミランダのお尻を突っついた。野菜の皮を催促(さいそく)しているらしい。


「ふふ、こっち、こっちよ」


 竜王城の周りをぐるりと周るミランダにタウラスは付いてくる。


「そーれ、あっ?」


 ミランダが投げようとした野菜の皮は、城の裏側にある、地下に続く階段の下に落ちた。


「あらら。ちょっと待っててね」


 狭い通路をタウラスが通れないので、ミランダは階段を降りて野菜の皮を取りに行った。


 ひやり。


 ミランダは地下へ続く暗い階段を降りるうちに、酷く冷たい空気を感じた。地下へ降りるほどにそれは強くなって、春なのにまるで厳冬期のような冷気がミランダの身体を登ってくる。


「え? これって……何?」


 階段の終わりには扉があるが、その扉からは冷気の白い煙がうっすらと漏れているようだった。しかも、扉の向こうからは僅かに誰かの声が聞こえる。


「キュウ……」


 ミランダがその声に耳を澄まそうと、扉に顔を近づけたその時。

 急に肩を掴まれていた。


「きゃあ!?」


 驚いて振り返ると、逆光の中にルシアンが間近に立っていた。影の中で光る金色の瞳がこちらを見下ろしている。


「見つけてしまったみたいだな」

「え……えぇ?」

「花嫁殿には隠していたんだが……」


 ミランダは不穏な空気を感じて身体を竦めた。


「この冷たい扉の向こうで声がしました。もしかして、誰かが閉じ込められいるのですか?」

「いや……泥棒がいる」

「泥棒!?」


 ルシアンが扉に手を掛けると、鍵の掛かっていない扉はギィ、と音と立てて開いた。

 ブワッ、と中から一気に冷気が(あふ)れ出て、辺りは煙で真っ白になった。


「ひっ……寒い!」


 震えるミランダの肩はマントに(おお)われた。ルシアンが自分が着ていたマントを脱いで、被せてくれていた。


「花嫁が凍ってしまう」

「あ、ありがとうございます。あったかい……」


 マントを抱きしめると、ルシアンの温度と香りに包まれてミランダは安心した。扉の中へ入るルシアンに続いて、暗い室内を進んで行く。

 極寒の地下室は広く、中には大量の(たる)や木箱が置かれている。さらには天井から吊り下げられた様々な肉。真四角に形成された巨大な氷の(かたまり)も山のように積んであった。


「この部屋は……」

「冷凍庫だ」

「冷凍庫!?」

「キュ~」


 ミランダの驚きにルシアンではない者が返事をして、ミランダは飛び上がってルシアンにしがみついた。

 冷凍庫の奥に、2つの青い光が見える。

 それはこちらに向かってだんだん大きくなって、姿を現した。


「水色の……竜」

「氷竜ポラリスだ。氷の息吹で何でも凍らせるんだが、冷凍庫に忍び込んで盗み食いする悪癖(あくへき)があってな」

「泥棒って、竜の盗み食いのことだったのね」

「キュ~」


 ポラリスはルシアンに頭を擦り付けて、ルシアンはあっという間に氷の結晶にまみれた。


「花嫁を凍らせるんじゃないぞ? わかったな?」

「キュ」


 まるで氷のような水色の目で、ポラリスはミランダを見つめている。


「は、はじめまして。ポラリスさん」


 ぎこちなく挨拶をするミランダの肩を抱いて、ルシアンは出口に向かった。


「外に戻るぞ。花嫁が風邪をひいてしまう」


 地上へ出ると急激に温かい空気に触れて、ルシアンとミランダの髪に付いた結晶も溶けていった。


「何故、冷凍庫を内緒にしていたんですか?」


 ルシアンは返事の代わりに、ルビーのように輝く丸い粒をミランダに見せた。


「あーん」


 ルシアンが口元にそれを持って来たので、ミランダは釣られて口を開けた。


「あーん? ……!?」


 口の中に放り込まれたそれは、冷たい氷……、いや、甘い。凍った木苺だ。

 シュワッ、と口内で温度を上げて、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに満たされた。

 シャリ、シャリ。

 半溶(はんよう)した果実を咀嚼する感覚に、ミランダは目を見開いて輝かせた。その顔を見てルシアンが笑っている。


「フルーツシャーベットだ。弱った身体で沢山食べるとお腹を壊すから、花嫁殿にはまだ秘密にしていた」


 確かに、美味しくていっぱい食べてしまいそうだ。暖かな春にこんなに冷えた物を食べるなんて、初めての経験だった。

 もう一つの木苺を自分の口に含むルシアンにミランダはボーッと見惚れて、慌てて借りていたマントを外して返した。


「あの、今日もお出かけなさるのですか?」

「ああ。山岳地帯の竜達に会ってくる。気性の荒い奴らが棲んでいて、たまに様子を見に行かないと喧嘩(けんか)を始めるのだ」

「まあ。喧嘩の仲裁(ちゅうさい)も竜王様のお仕事なんですね」

「うむ。統制(とうせい)する者がいないと、竜はどんどん野生化して凶暴になっていく。周辺国を襲い出したら大変だからな」

「竜王様は竜と人間の世界の境界線を守る、大切なお仕事をなさっているのですね」


 ミランダが尊敬の眼差しでルシアンを見つめていると、ルシアンの頭上の空に赤い竜が飛んでくるのが見えた。


「あ。あの竜は……スコーピオ」


 ミランダが生贄の祭壇で初めて出会った、南瓜が好物の赤い竜だ。

 ブワッと風を起こして着陸すると、ルシアンの肩に頭をもたれ掛けた。


「よ~しよし。花嫁に名前を覚えてもらって良かったな、スコーピオ」


 ルシアンはスコーピオの顎を撫で、軽々と背中に飛び乗ったので、ミランダは慌てて駆け寄った。


「あ、わ、私も連れて行ってください! 竜王様をお手伝いします!」


 ルシアンは驚いて振り返り、微笑ましくミランダを見下ろした。


「山岳地帯は強風が吹いて危ないからダメだぞ。花嫁が崖下に落ちたら大変だ」

「が、崖下……」

「クッキーを用意してあるから、城でゆっくりお茶でもしていてくれ」


 ルシアンはスコーピオとともに飛び立って、あっという間に山岳の方に飛んで行ってしまった。


 強風や崖と言われて怖気(おじけ)付いたミランダはいつまでも空を見上げていたが、後ろからツン、とお尻を突かれた。振り返ると、タウラスが首を傾げている。


「タウラス。私にできるのは、野菜の皮を投げるだけみたい」

「クー?」

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