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13 王国の捨て子

 アルルに連れられて竜王城に戻る頃には、ミランダはすっかりのぼせあがっていた。


「長湯してごめんなさい」


 ミランダは蕩けて恍惚(こうこつ)としたまま頭を下げて、玄関で迎えたルシアンはその顔を笑っている。


「好きなだけ入っていいぞ。湯は最高だろう?」

「はい……もう最高だったので……つい」


 ミランダは湯の開放感から竜王への気持ちを散々スピカに吐露(とろ)したので、恥ずかしくてルシアンの顔をまともに見られなかった。


「さあ、湯冷めしないうちに中へお入り」


 ミランダはルシアンに連れられて客室に戻り、広々とした部屋のベッドに座った。


「俺とアルルが湯に行ってる間、ここで休んでいてくれ」

「はい……休みます」


 オウム返しをするミランダを置いて、ルシアンとアルルはスピカに乗って湯に向かった。


 ミランダがベッドのサイドテーブルを見ると、お盆の上には果物や水が用意されていた。湯にのぼせて帰って来る自分のために、ルシアンが用意してくれたのだろうか。

 ミランダは水を飲み、葡萄(ぶどう)をひとつ口に含んだ。冷たい果汁で火照(ほて)った身体が澄んでいくようだ。

 竜王城に来てから目まぐるしい出来事でいっぱいなのに、ミランダの頭に浮かぶのはルシアンのことばかりだった。


「私……ルシアン様のこと……」


 改めて真面目に口に出そうとすると、ますます頬が熱くなった。



 しばらくの後、ネグリジェに着替えたミランダはルシアンとアルルが湯から戻っているか確認しに、階下に降りて応接間を覗いてみた。

 雑多な物が無くなってスッキリした応接間には、ソファとテーブルなど最低限の家具だけがある。


 やはりふたりは湯から戻っていて、何やら顔を付き合わせて真剣な会話をしていた。


「あの……」


 ミランダが来たのに気づいて、アルルはテーブルの上にあった紙をそっと隠した。

 何か秘密の話でもしていたのか、取り(つくろ)って立ち上がった。


「お妃様。僕、お茶を()れて来ますね!」

「アルル君、ありがとう」


 ミランダがソファに座ると、対面のルシアンは湯上がりのリラックスした様子で、ラフなシャツを着ている。キッチリとした貴公子風の服も似合うが、シンプルなシャツは別の色気を感じてミランダはドキドキしていた。


「ミランダ。耳を澄ましてご覧」

「え?」


 目を瞑ってみると、城の外から、リィ、リィ、と虫の鳴き声が聞こえた。


「あ……夜虫の声。心地よいです」

「雨がやんで、城の近くに来たんだろうな」


 ミランダは言われて、城の外がスッキリと晴れていることに気づいた。

 さっきはのぼせていて気づけなかったが、大きな窓から見事な満月も見える。


「あれ? 雨がやんでますね」


 ルシアンは苦笑いしてソファに寄り掛かった。


「貢ぎ物に仕込まれた呪文など竜族には効かないと俺は言ったが、多少は影響があったようだ。怒っていない時も雨が降っていたからな。天候を操る力のコントロールを狂わされていたようだ」

「まあ。そうだったんですね」

「花嫁殿がこの城に来て久しぶりに雨が弱まり、貢ぎ物の呪文を捨てたら、完全に雲が晴れた。ミランダは晴れ女だ」

「うふふ。そうでしょうか」


 断捨離で高価な物を大量に無くして、ルシアンが悲しんでいないかミランダは心配していたが、憑物が落ちたようにスッキリした様子だ。

 だが、ルシアンが続けて口にしたのは相反した言葉だった。


「俺は愚かだな」

「え?」

「貢がれた物には、俺への愛があると思っていた」


 ミランダは言葉を失った。

 あれだけの物を抱え込んでいた理由は、あまりにも悲しい勘違いだった。

 ルシアンはフン、と強がって笑う。


「俺はもともと、ユークレイス王国に捨てられた子供だった。異形の子が生まれると、この森に捨てる習慣がある。遥か昔に竜族と共存していたあの国では、たまに先祖返りが起こるのだ」


 ルシアンは自分の角を指している。

 ミランダは初めて会った時にアルルが「一番新しい捨て子です」と言っていたのを思い出した。


「代々この城には捨てられた先祖返りの竜族が暮らし、新しく捨てられる子供を育てた。そんな捨て子の城に、ユークレイス王国は罪滅ぼしでもするように、豪華な品を貢ぎ続けたわけだが……本当は捨てた事さえ後悔していたのだ。生まれてすぐに殺しておけばと」


 ミランダは思わず立ち上がってルシアンの隣に座り、手の上に指を重ねた。


「違います。貴方をこのお城に預けた人は貴方に生きてほしかったのです。呪文を送ったのは、貴方の力を恐れた別の者です」


 ルシアンは黙って、じっとミランダを見つめている。

 ミランダは勇気をもって、素直な気持ちを言葉にした。


「私はルシアン様に生きてほしい。私の愛は……ここにありますから」


 赤面して自分の胸を押さえるミランダに、ルシアンは一瞬、子供のような潤んだ顔を見せたが、すぐにクールな微笑みで隠した。


「俺の花嫁。俺だけの薔薇だ。ミランダ」


 大きな満月の下でルシアンはミランダを抱き寄せて、薔薇色の髪にキスをした。

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