11 竜王城の断捨離
「呪文の……魔術」
ミランダが呟いて見つめるオルゴールの破片の一部には、細かな文字が刻まれていた。
「呪文? の魔術?」
ルシアンが言葉をなぞって首を傾げている。
「はい。これは、誰かに呪いを掛けるために使われる呪文です。魔術を使える者は文字を刻んで、対象者に呪いを掛けることができるらしくて……私の祖国では厳しく取り締まられていて、呪文を使用すると罪になるんです」
「ほ~」
ルシアンは感心して、呪文を指でなぞっている。
「あの、ルシアン様はどこでこのオルゴールを手に入れたのですか?」
「これは多分……ユークレイス王国からの貢ぎ物だな」
「それではもしかして……」
「ああ。俺や竜族を殺すために仕込んで寄越したのだろうな」
ルシアンはフン、と笑う。
「竜族が呪文などで死ぬわけがない。こんな効きやしない物を……」
会話の途中で、ミランダが真っ青になっているのに気づいた。
「ミランダ! 大丈夫か? 具合が悪いか?」
「い、いえ。ただ、怖くなって。恐らくですが、貢ぎ物には呪文が仕込まれた物が多数あると思います」
「ミランダにはどうしてそれがわかるんだ? 魔術師なのか?」
「いいえ! 私にはそのような力は無いのですが……多分、竜族には効かなくても、人間の私には効いているのかも」
その瞬間にルシアンは目を見開いて、ガバッとミランダを抱きしめた。
「何てことだ! 花嫁を呪いに晒すなんて!」
「ル、ルシア……」
「ダメだ! こんな華奢な体で呪いなど、俺の花嫁が死んでしまう‼」
ルシアンはパニックに陥って、外は猛烈な雨が降り出していた。
同時に、何か巨大な物がいくつも城の周りに降り立つ気配がする。
ズン、ズシン、と地面が揺れる。多分、大量の竜達が集まっているのだろう。
「落ち着いてください、ルシアン様!」
尋常ではない状況にミランダは宥めようと必死になるが、ルシアンの勢いは止まらない。
ミランダを連れて外に飛び出すと、城の前には様々なサイズの竜達がずらりと並んでいた。
「ひ、ひぃ!?」
あまりの迫力に腰が抜けるミランダを、ルシアンは白い竜のもとに運び、預けた。
「アリエス! 花嫁をここでお守りしろ!」
「クエーッ!」
白い竜は大きな翼でミランダを囲うように守り、ルシアンは竜達を連れて竜王城に戻って行った。
「ルシアン様? いったい何を!?」
ミランダが竜の翼の間から城を覗くと、何やら中でガタン、バタン、と大騒ぎしている。
しばらくすると一頭、二頭と竜達が城から飛び出し、その手や口は沢山の荷物を抱えていた。
「だ、断捨離してる!?」
ミランダはダイナミックな断捨離に度肝を抜かれた。
城に近づこうとしたが白竜アリエスはそれを許さず、翼で遮られた。走りかけたミランダは顔を思いきりぶつけたが、アリエスは羊のように柔らかな毛に覆われた竜なので、モフン、とバウンドする。
「アリエスさん。お願い、ここから出して。竜王様のところに行きたいの」
ミランダを見下ろすアリエスの瞳は長いまつ毛でゆっくり瞬き、穏やかに煌めいている。まるで貴婦人のような優雅さだ。
「アリエスさん、お願いだから……」
何度も囲われた翼から出ようとトライするが、モフン、と押し返されるばかりで、しまいには小脇に抱えらられて、まるで綿の中に埋まるように包まれてしまった。高級布団のような心地よさの中でもがいているうちに、数時間がたっていた。
「な、何やってるんですか?」
聞き覚えのある声が聞こえて顔を上げると、アルルが唖然とした顔でアリエスに包まれたミランダを見下ろしていた。買い物から帰って来たようで、食材を沢山持っている。
「アルル君! ルシアン様が断捨離を!」
「断捨離??」
アルルがアリエスの翼に手を置くと、ミランダはようやく解放された。
急いで立ち上がって城に駆けつけると、夕陽に染まった竜王城は中身をがらんどうにしていた。あれだけあった美術品や家具、豪華な品々がさっぱりと消え去り、城はだだ広くなっていた。
「そ、そんな……全部捨てるなんて」
ミランダはショックを受けてロビーでへたり込み、アルルも口を開けたまま立ち尽くした。
城内の奥から、埃まみれのルシアンが現れた。
「ミランダ、もう大丈夫だ! 貢ぎ物はすべて、もとの国に突き返してやったぞ!」
「つ、突き返した?」
「ああ。各国の王城に置いてくるよう竜に運ばせた」
大胆すぎる断捨離にミランダは呆然とするしかなかった。
「私がおかしな物を見つけたせいで……呪文が書かれてない物もあったのに……」
ルシアンはフン、と傲慢に笑った。
「俺に呪いを送るような奴らからの施しなど、いらん」
ミランダのもとに来ると、手を添えて立たせた。
「それに、俺の大切な花嫁を傷つける物がこの城にあるなんて、俺は一切許さない」
ルシアンの金色の瞳は真剣で、ミランダはギュッと胸が締め付けられていた。
裕福な侯爵家で育ったミランダは、それはそれは大切に育てられた。
乳母や家庭教師、使用人。沢山の人の手を借りて。
だが両親でさえ、こんなにも自分を大切に思ってくれただろうか。
聖女フィーナに冤罪を着せられて、たちまち離れていった人達を思う。
父も母も、自分を見捨てたのだ。
「ミランダ、ミランダ? もう呪いは無い。大丈夫だ」
ルシアンを見つめたまま涙を流しているミランダを、ルシアンは心配して肩を摩っている。
「ルシアン様」
ミランダは初めて自分からルシアンの胸に体を寄せて、ルシアンは衝撃と感激で固まった。
銅像のように動かないふたりの横で、アルルは溜息を吐いた。
「も~、竜王様は極端なんですから」