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9 さくらんぼの妖精

「ただいま」


 遠くルシアンの声が聞こえて、ミランダはピョコン、と椅子から跳ねて立ち上がった。


「ルシアン様が帰って来たわ!」


 いそいそと鏡を見ながら髪を整え、服の乱れを直して、客室の扉を開けた。

 そっと階下に耳を澄ませるとアルルとの会話が聞こえる。


「ルシアン様、何をそんなに買い込んだんです?」

「ハハハ。全部花嫁の物だぞ」


 ミランダはロビーに響くバリトンの声にドキドキしていた。

 数時間不在だったルシアンに再会できる事に、どうやら自分は喜んでいるようだ。これではまるで飼い主を待つ室内犬のようだと、自分が滑稽(こっけい)に思えてくる。


 ルシアンとアルルが荷物を抱えて階段を上がってきたので、ミランダは慌てて客室に戻り、療養している風を装った。

 ベッドの上に座っているとノックが鳴って、ルシアンが現れた。

 背が高くスマートな身体に、お出かけ用のシックな色のスーツが似合っている。マントを着けたまま、手には大きなトランクや袋を抱えていた。


 ミランダはその姿を見て、また胸がドキドキしていた。

 男性の声を聞いたり、姿を見ただけで胸が高鳴るとはどういう事なのだろうか。ミランダにとってこんな現象は初めてだったので、動揺していた。婚約者だったジョゼフ王太子にも、こんな気持ちになった事はなかった。


「おお、花嫁がいた!」


 ルシアンはミランダを見つけて笑顔を輝かせると、ベッドの足元に(ひざまず)いて手を取った。


「俺がいなくなった間も、いてくれたんだな」

「い、いますよ、もちろん……」

「また会えて嬉しいぞ」


 私も、とは言えずにミランダは真っ赤になって笑った。

 ルシアンは部屋に持ち込んだ大きなトランクを開けると、中身を次々と取り出した。

 それは色とりどりのワンピース、ブラウス、スカート……。室内が急にお花畑になったみたいに、可愛い色で溢れた。


「お洋服がこんなに!?」

「ああ。花嫁の普段着が無いからな。森を歩いたり、城で気軽に過ごせる服を買って来た」


 ミランダは思いもよらなかった土産物に目を丸くした。自分が先ほどから惨めに感じていたこの生贄のドレスを、ルシアンは早くから気にかけてくれていたのだと驚く。


「既製品だが、ウェストをリボンやホックで調節できるものばかりだから、サイズは大丈夫だろう」


 ミランダがワンピースやブラウスを広げてみると、レースやリボンでお洒落にデザインされていて、どれも可愛いらしい。自分のために竜王が自らこんなに沢山選んでくれたのかと、嬉しさで思わずワンピースを抱きしめた。


 ルシアンは続けて革製の編み上げブーツを取り出して、床に置いた。


「それにヒールで草地を歩くのはしんどいからな。歩きやすい靴を買って来た」


 披露される品々を眺めていたアルルは感心して、ルシアンを見上げた。


「だから、ルシアン様は外の土をメジャーで測っていたんですね?」

「ああ。花嫁の足跡が残ってたからな」


 まるで捜査官のような測り方にミランダは笑ってしまう。


「竜王様にこんなにお買い物をさせてしまったなんて、何だか申し訳ないです」

「ん? 楽しかったぞ。全部、花嫁を想像して買ったからな。どれも似合うだろうと思って、欲張ってしまった」


 アルルがクスクスと笑っている。


「竜王様。マントのフードを被ったまま買い物をしたんですか?」

「うむ。これでずっと(ツノ)を隠していたのだ」

「女の子のお店で目立ちますって! 不審者みたい!」


 笑い転げているアルルと、買った物を次々と出す得意げなルシアンを見てミランダも笑ったが、ワンピースを抱きしめる胸の奥が、じんわりと熱くなっていた。



 夕食の席で。


 ミランダはさっそく、ルシアンに買ってもらったワンピースとブーツを身につけて、食堂を訪れた。


 長い間、囚人の灰色の服と生贄の白い服しか着ていなかったので、綺麗なチェリーレッド色のスカートが嬉しくて、ミランダはもじもじと照れつつも、くるりと回ってルシアンに見せた。

 はにかんで紅潮した頬のミランダに、ルシアンはサラダの皿を手にしたまま魅入っている。


「か、可愛い!!」


 素直な喜びの声を上げて、ルシアンは満面の笑みになった。

 時々現れる無邪気さは、竜王であることを忘れるくらい少年のような表情になる。

 それをすぐに気取った顔で取り繕って、ミランダを席にエスコートしてくれた。


(竜王様は迫力のある外見だけど、意外に私と歳が近いのかも?)


 ミランダが下からじっとルシアンを見上げると、ルシアンもじっとミランダを見下ろしていた。


「あぁ、俺の花嫁が可愛いすぎて、さくらんぼの妖精になってしまった」


 早口で譫言を呟いた後、我に返ったようだ。


「……コホン。よく似合っているよ」

「あ、ありがとうございます」


 心の声がだだ漏れのルシアンにアルルは笑いを堪えて、料理を運んで来た。

 自分の前に大きなお皿が置かれて、照れていたミランダは途端に眼を光らせて、お皿に一点集中した。


 (かぐわ)しい湯気が立つ皿の真ん中で、大きなチキンが堂々と主役を張っている。

 それは野菜で煮込まれたクリームスープの(みずうみ)に、優雅に浮かんでいた。

 見るからにジューシーで肉厚な鶏肉とゴロゴロ野菜の(つや)やかさに、ミランダは思わずスプーンを握りしめた。


「花嫁殿に元気になってもらうには、やっぱり肉だろう!」


 ルシアンの言葉に脳内で高速で頷きながら、鶏肉をスプーンで崩した。

 ほろっ、と解けるように柔らかくクリームに絡まって、ミランダはたまらずそれを頬張った。


「ん……んん!!」


 嗚呼、何日ぶりのお肉だろうか。というか、生まれて初めて食べた鶏肉の味だった。こんなに濃厚でジューシーなお肉は、実家でも宮廷のパーティーでも食べたことがなかった。


 ほっぺがジ~ンとしすぎて涙目になるミランダに、アルルは教えてくれた。


「これは幻の怪鳥と呼ばれる珍しい鳥で、市場には出回らないのですよ。竜のタウラスは狩りが得意で、人間が近寄れない崖から()ってきてくれるんです」


 芋の皮を食べていた、あの緑の巨大竜を思い出す。

 幻の怪鳥を狩るのに野菜の皮が好きだなんて、なんて慎ましい子なんだろうか。あのうるうるとした瞳がますます可愛く思えていた。


 そして同時に、ミランダは確信していた。

 竜が狩る食材と竜王の料理の腕によって、この竜王城は人知れずグルメな城となっているのだと。

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