49 幸せなランチ
ミランダはスコーピオの陰から顔だけ出して、手招きするルシアンに首を振った。
「む、無理です~、怖いです」
ついに弱音を吐く花嫁をルシアンは笑って迎えに来た。
「兄弟の竜は怖い顔だが別に怒っているわけではない。この洞窟を守る役割をしているから少々厳ついのだ」
説明を受けながら肩を抱かれて二頭の真下まで来たが、やはり怖い顔でこちらを睨んでいる。
「こ、こんにちは……」
「グオッ!」
「ひっ」
二頭はミランダの髪の匂いを嗅いで、スンスンと鼻を鳴らしている。すると次々と地面に頭を伏せた。ルシアンは驚いて見回した。
「何だお前たち。花嫁に撫でてほしいのか」
「え、ええ!?」
伏せたままこちらを睨みあげる二頭の要求を断るわけにいかず、ミランダは勇気を出して鼻の辺りに触れた。フン、と満足の鼻息を吐いている。
「やれやれ……こいつら女の子が好きなようだ」
「そ、そうなんですか?」
「俺にもアルルにもこんな要求の仕方はしないのだが」
にやりと笑ってミランダを横目で見た。
「竜にもミランダの可愛さがわかるのだな」
「そ、そんなまさか……」
ミランダは照れながら暗い洞窟の先を覗いた。
「この子たちは、洞窟の中の何を守っているのですか?」
「オリオンという超巨大竜だ。あまりに大きいので滅多に動かず、洞窟の奥で殆ど眠っている。この二頭の親玉みたいな奴だな」
ミランダはこの二頭よりもさらに恐ろしい竜が眠っている現実に恐れ慄いた。竜族の森はミランダにとって、まだまだ未開の世界だったのだ。
それから蛇のいる洞窟へ、沼へと廻り……。
やっと爽やかな草原が広がる丘へとやって来た。
青空のもと心地よい風が吹いていて、緊張していたミランダは気持ちが和らいだ。
ここにはプルートよりも小さな竜たちが、ふわふわと宙を舞っている。小型種なので、小さくても立派な成竜らしい。透明感のある白い体を揺らしながら魚のように空を泳ぐ様は、森の精霊のように見える。
「わあ、この子たちは幻想的ですね!」
ミランダは自分の周りをクルクルと回る竜たちに手を差し伸べた。手に留まり、肩に留まり、鳩と戯れているような平和な光景だ。
「アルコル竜と呼ばれる竜たちだ。草食で穏やかな性格だ」
ルシアンは草原に敷布を広げて、昼食の用意をしている。
「さあミランダ、おいで。険しい自然を巡って疲れただろう」
「わあ~っ」
お腹がすいたミランダはサンドイッチを前に目を輝かせた。
自家製ハムとチーズのサンドに、卵サンド。ホイップクリームのフルーツサンドもある。どれから食べようか迷って、チキンの香味焼きと野菜のサンドを手に取った。
柔らかいパンに挟まれたチキンの皮と新鮮な野菜が同時にパリッと音をたてて、口内に爽やかなハーブの香りが広がった。柔らかいお肉はいつもの味付けと違って、異国風の旨味が隠れていた。
「これはガレナ王国のお料理に使われていたハーブですね!?」
「うむ。旅先で買った調味料を昼のサンドイッチに使ってみたのだ」
「朝とお昼でそれぞれ別の国のサンドイッチを食べているみたいですわ!」
同じサンドイッチなのに、具材と風味を変えて飽きさせない工夫を凝らすルシアンにミランダは感心した。
「ルシアン様は新しい調味料もすぐに使いこなしてしまって、凄いですね。私は包丁さえ使えないのに」
あの旅行前の大惨事を思い出して顔を顰めた。
「ただの慣れだ。ミランダもすぐにできるようになる」
ミランダが美味しそうにサンドイッチを頬張る顔を満足そうに眺めて、ルシアンは丘の向こうにある崖の上に目をやった。
「ミランダ。後であの崖の上に花を供えに行きたい」
「え? お供え?」
「ああ。あそこに先代竜王の墓があるのだ。ミランダを花嫁に迎えたと報告したい」
ミランダは驚いて崖の上を振り返った。
真っ青な空の下、日当たりの良い崖の上には白い墓石が見えた。
残り1話!明日完結予定です!
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