48 過酷な巡回
アルルとプルートが買い物に出発するのを見送った後、ルシアンは鞄にサンドイッチや飲料を詰め込んだ。
さらにスコーピオに果物が大量に入った袋を持たせると、ミランダの手を引いてスコーピオの背中に乗った。
「あの……これは抱っこ紐みたいですね」
ミランダの身体に何重にも巻かれたベルトは、ルシアンと繋がれている。
「うむ。強風で煽られて落ちないようにな。俺にしっかり掴まって、それでも恐怖を感じたら引き返すから言ってくれ」
「ひ、引き返すだなんて、大丈夫です!」
ミランダは自ら危険な場所への同行を申し出ておきながら、内心では怖気づいていた。赤ちゃんのような状態を恥ずかしがる余裕もなく、しっかりとルシアンの胸に縋った。
「ふふ……」
見上げると、ルシアンは笑いを押し殺していた。
「わ、笑わないでくださいっ」
ルシアンは抗議するミランダの唇を口付けで塞ぐと、スコーピオを空に浮かせた。
「さあ、出発だ。花嫁を連れて森の巡回に向かうぞ」
ルシアンの掛け声にスコーピオは「クエー!」と雄叫びを上げた。
「あっ、あわわ、わわ……」
堪えても声が漏れてしまうほど、スコーピオは上下に激しく揺れていた。
竜王城から遠く離れた森の奥深く、険しい岸壁には崖下からゴウゴウと音をたてて強風が吹き上がっている。髪もスカートも逆さまのように舞い上がり、ミランダは恐怖で目を開けられなかった。
「大丈夫か!? もう少しの辛抱だ!」
ルシアンの声掛けに頷くことしかできず、胸にしがみ付いて凌いだ。危険な場所だと覚悟はしていたが、過酷さは想像以上だった。
スコーピオが崖の中ほどにある張り出た足場にたどり着くと、岩の切れ目の洞窟に入った。途端に風が収まり、内部は天井が高く暗い空間が広がっている。
スコーピオから地面に下ろしてもらったミランダは、激しい乱気流で完全に目が回っていた。
「ル、ルシアン様。いつもこんな大変な場所を回っているのですね」
「竜族の森は大自然のままだからな。人間が立ち入れない危険な場所が沢山ある」
「竜王様のお仕事って大変……んきゃあ!?」
ミランダは会話の途中で飛び上がった。暗闇の中から突然、自分の目の前に巨大な竜の顔が現れたからだ。
「グルルル……」
喉が鳴る音が重低音で響いて、ミランダは思わずルシアンの後ろに逃げてしまった。スコーピオも厳つい顔をしているが、それに勝る凶悪な目つきの竜がこちらを睨んでいる。
「ベテルギウス。待たせたな。花嫁に噛みつくんじゃないぞ」
「グオオオ!」
ベテルギウスという名の黒い竜は洞窟内が揺れるほど大きく吠えた。それは威嚇のように見えて、ミランダはいよいよ恐怖で腰が砕けそうになる。
「よしよし。また喧嘩をしたのか? 怪我をしているな」
ルシアンは動じることなくベテルギウスに近づくと、頑強な顎を摩った。
「グウ~……」
不服そうに睨みを利かせるベテルギウスは歯軋りをしていて、どう見ても懐いているようには見えない。今にもルシアンに噛みつきそうだ。
「グワッ! ゴオッ!」
さらに洞窟の奥から咆哮が聞こえ、ベテルギウスにそっくりな竜が地響きを立てながら走ってきた。ミランダは隠れる場所がなくなったので、慌ててスコーピオの陰にしゃがんだ。
「ひいいっ」
スコーピオの脚の間からルシアンを見ると、恐ろしい顔の二頭の竜に囲まれて吠えられていた。
「リゲル。まったく、お前たち兄弟は喧嘩ばかりだな。俺がいないと仲良くできないのか?」
ルシアンは手に持った袋の中から林檎を数個取り出すと、二頭の竜の口の中にそれぞれ放った。
「ほら、おやつだぞ」
グアシ! グシャ! と豪快に咀嚼して、林檎はあっという間に飲み込まれた。催促されるままに何個も投げ入れると、二頭の竜は納得したのか大人しくなった。
「ミランダ、おいで」
信じられないことに、ルシアンが手招きしている。
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