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8 竜王様のお出かけ

「あら? ルシアン様は?」


 お散歩から帰って城に戻った後、アルルが午後のお茶を準備してくれているテーブルの席に、ルシアンは見当たらなかった。


「お出かけなさいました。街へ。ふふふ……」


 アルルは含み笑いをしている。


「竜王様も街へお出かけなさるのね」

「いいえ。こんな事は滅多にありません。何せ竜王様は、引きこもりですので」

「え? 引きこもり?」

「ええ。竜王城に篭って誰にも会わないので、街への買い出しは普段、僕が担当なんですよ」

「まあ」


 アルルは我に返ったように、口を押さえた。


「あわわ。僕、また余計な事を言いました。ルシアン様には内緒にしてください」

「うふふ。アルル君はルシアン様に忠実なのね?」

「はい。僕は竜王様の配下なので」


 十歳前後に見える幼い子供が自分を「配下」と口にするのは何だか可笑しいが、ミランダは自分が踏み入った竜族の世界をもっと知りたいという気持ちになっていた。


「それでは、僕は夕食の準備があるので失礼します」


 頭を下げて退室しようとするアルルをミランダは追いかけた。


「待って! 私も手伝うわ!」

「ダメですよ。お妃様には充分に療養してもらうようにと、ルシアン様の言いつけです」

「ご飯を食べたら元気になったもの」


 アルルは首を振る。


「まだ顔色が優れませんし、ルシアン様もお妃様が()せ細っていて軽いと心配していました。どうかゆっくり休んでください」


 ミランダは食堂のテーブルにぽつんと残されて、目前にある紅茶とお皿に並べられた数枚のクッキーに注目した。


「クッキー……これもルシアン様が作ったのかしら?」


 丸、四角、とシンプルな形だが、ナッツが入っていたり、ココア色とバニラ色に分かれていたりと()っている。


 ミランダは他所のお城でひとり優雅におやつを食べる自分に引目を感じながらも、一枚取って、サクッと齧ってみた。

 途端に広がる、バターの香り。何よりサクサクと軽やかな口当たりがナッツの細かい歯応えとマッチして……サクサクサク、サクサクサク。


「はっ!?」


 ミランダが我に返った時には、クッキーを完食していた。

 いかに牢獄でひもじかったとはいえ、自分の食べっぷりに引いてしまう。


「わ、私ってこんなに食いしん坊だったかしら? ……ううん、違う。このお城のお料理が……ルシアン様の作るお料理が美味しいのだわ」


 うんうん、と納得するように頷いて紅茶を流し込むと、急いでアルルを探しに立ち上がった。



 竜王城はどこもかしこも物が溢れていて、小さなアルルを探すのに苦心したが、アルルは城の外にあるお庭のテーブルで芋の皮を剥いていた。


 息を切らせてやって来たミランダに、アルルは気づいて手を止めた。


「あれ? お妃様。どうしたんです?」

「ク、クッキー……あれも竜王様が作っ……きゃあ!?」


 ミランダは途中で、アルルの横にある大きな物体は茂みではなく、竜だと気づいた。

 緑色で完全に森と同化して見えたが、アルルが剥いた芋の皮を食べている。


「あはは! タウラスは野菜の皮が好きなんですよ」


 緑竜は咀嚼しながらミランダを真っ直ぐに見た。

 瞳がうるうるとして、よく見ると可愛い顔をしている。


「そ、そうなのね? い、いい子……いい子」


 ()でる勇気は無いが、遠隔(えんかく)で撫でる動作をしてみた。

 するとタウラスは自ら首を突き出して、ミランダの掌にトン! と頭を擦り付けた。


「ひぃ!?」

「大丈夫ですよ。タウラスは撫でられるのが好きなので」


 ミランダは固く目を瞑りながらぎこちなく頭を撫でて、そっと竜の反対側に周って、椅子に座った。


「竜王様のクッキー、美味しかったですか?」

「ええ! 美味しかったわ。やっぱりルシアン様の手作りなのね」

「僕の好物なので、いつもおやつに用意してくれるんです」


 ミランダはアルルが器用にナイフを使って芋を剥いているのを見て、自分もテーブルに並んだナイフを取って芋を持ち、どう()くのかと首を傾げながら、アルルに質問を続けた。


「ルシアン様はお城に引きこもって、毎日お料理をしているの?」

「竜たちのお世話もしていますよ。この森のいろんな場所に棲んでいる竜に異常はないか、様子を見て周ったり」

「竜と密着した生活なのね」

「それは竜王ですから……あ!?」


 アルルはミランダがおぼつかない手でナイフを握っているのを見て、慌てて立ち上がった。


「ちょっと、ダメですよ! お妃様にナイフで怪我なんかさせたら、僕が怒られますから!」


 ミランダは芋とナイフを置いて、シュンと肩を落とした。

 アルルは困った顔をして小首を傾げている。


「お妃様。僕のためだと思って、せめて療養しているフリでもいいから、してくださいませんか」


 おねだりするようなアルルの顔があまりに可愛らしいので、ミランダは思わず頷いた。


「わかったわ、アルル君。狸寝入りなら任せて頂戴」


 ミランダはお姉さんぶった顔で胸に拳を当てて、客室に戻って行った。



「私……アルル君に上手に転がされている?」


 二階の客室の窓から庭を見下ろしながら、ミランダも小首を傾げた。

 眼下のアルルは野菜の皮を剥いた後掃除をして、タウラスを遊ばせて、竜たちの体を拭いて……チョコマカと動き回って仕事をしている。


「アルル君は小さいのによく働くし、お利口さんだし、さすが竜王様の配下なのだわ」


 ミランダは感心して振り返った拍子に足元がふらつき、窓際にある銅像に頭をゴーン、とぶつけていた。


「いたぁ!」


 そのままヨロヨロと床にへたり込んで、ミランダはショックを受けた。


「私……自分では元気になったつもりだったけど、体はまだフラフラしているのね」


 涙目でベッドに座ると、自分の着ている服を見下ろした。


「それに生贄として着せられた服のまま……」


 簡素な白いドレスもパンプスも、森を歩き回って薄汚れていた。ドレスの裾から見える脚や手首も、以前と比べると随分と痩せていることに気づいて、ミランダは惨めな気持ちになった。


「ルシアン様とアルル君が心配するのも無理ないわ。薄汚れた服を着て、痩せ細った身体でフラフラしているのだから」


 ミランダはせめて髪だけでも綺麗に整えようと、部屋に用意してもらった香油と櫛で髪を解いた。

 薔薇の香りに包まれて一生懸命に手入れをする鏡の中の自分は、青白い顔をしながらも乙女心が(よみがえ)るように、瞳が輝いていた。

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