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1-9 悲しみの後で



 食い逃げをするしかなかった。



 俺とセニャはレストランを出ようとした。

 その際、女将さんに会計をしてくれと言われた。

 今しがた全財産を取られたばかりである。

 金は無かった。



 俺はセニャに顔を向ける。

「逃げるぞ」

「う、うん」



 俺たちは扉を開け放って走り出した。



「待て、こ、この、ドロボー!」

 女将さんが鬼の顔をして追いかけてきた。



 俺はセニャの手を引いて、村の外まで逃げた。

 やがて女将さんを振り切ることができたようで、俺たちは地面に尻もちをついて息を整えた。

 辺りにモンスターは、今のところいない。



「何とかなったな」

 俺は乾いた笑い声を出す。



「これからどうするの?」

 セニャが泣きだしそうな声で言う。



「どうするもこうするも、狩りをするしかないだろ」

「僕もう嫌だ!」



 セニャは両手を地面についた。

「もう何もしたくない」

「何もしないって、どうするんだ?」

「死ぬ!」

「……そうか」



 俺は立ち上がる。

「じゃあ、ここでお別れだな」



 セニャがびっくりしたような顔をする。

「え?」



「お前は死ぬんだろ? だけど俺は生きる。ここでお別れだ」

「トキトも、僕を見捨てるの?」



 リリアに見捨てられたことがショックだったようだ。



「見捨てるも何も、お前は死ぬんだろ?」

「う、うん」

「じゃあな」



 俺は歩き出す。



「う、うえぇぇぇぇん!」

 後方ではセニャの泣き声が響いた。



 知るか。



 とりあえず、少しでも狩りをしてお金を貯めないといけない。

 次の目標は防具を買うことだ。



 俺は最初に狩りをした原っぱに向かった。



 安全な狩場が良い。



 カバンの中から包丁を取り出す。

 これはレンたちに奪われていなかった。



 そこにいたスライムに包丁を突き刺す。

 一撃では仕留められなかった。

 何度も何度も刺した。

 やがてスライムは赤い光になって消える。

 銅貨が地面に落ちる。

 たったの一枚だった。



 それを拾う。



 ふと、中学生の妹の顔が頭に浮かんだ。



 いつも俺を頼ってくれた妹。

 今も元気で学校に通っているだろうか。



 また会えるだろうか?



「生きなければ」



 俺は獰猛に歯をかみ合わせて、またモンスターに近づいて行った。



 あれから3時間も経っただろうか。



 俺はずっと原っぱで狩りをしていた。

 モンスターはスライムと鹿、それにゴブリンだった。



 この包丁……戦いづらくて仕方ない。

 無いよりましである。



 ちなみに、ゲーム内の昼夜は、二時間置きに逆転した。



 太陽が出ている昼が二時間続くと、今度は夜になる。

 二時間後にまた昼が来る。



 俺には『おたけび』があった。

 そのスキルについて詳しい検証をした。



 一度使うと、次に使えるまで、クールタイムが一分ある。

 二秒間、敵を動けなくする効果がある。

 言ってみれば範囲スタンのような感じだ。

 範囲は、自分から半径5メートルほどであることも分かった。

 人には効かない。



 以上である。



 俺はモンスターに囲まれると『おたけび』を使った。

 二秒間動けなくできれば、劣勢な陣形を変えることができる。

 敵と距離をとることも可能だった。



 狩りをしているうちに銅貨は集まり、カバンはパンパンになった。

 そろそろ村の防具屋へ行こう。



 ふうと息をつく。

 そこで背中を向けたのが油断だった。

 すぐそばに鹿がいたのだ。



 鹿の突進が迫る。



 足音に気づき、俺が振り返ったときには、もう遅かった。



「まじか!」



 その時だ。



「ファイアーボール!」

 火の玉が横合いから飛び出し、鹿に命中した。



「キュァァ!」

 鹿は苦しそうな声を出す。

 燃えて、地面に倒れる。

 じたばたと四肢を動かして、赤い光となって消えた。



 俺は助けてくれた女に顔を向ける。

 そして顔をしかめた。

 しかしここはお礼を言うべきだ。



「ありがとう、セニャ」

「ふふん、僕がいないと、トキトはモンスターにやられちゃうんだから」

「今のは助かったよ。危ないところだった」

「うんうん」



 セニャは両手を腰につけて満足そうに頷く。



「とりあえず、モンスターのいないところで話そう」

 俺は提案する。



「うん!」



 俺たちは原っぱからすぐ近いプートゲールの村に入った。

 歩きながら会話をする。

 防具屋へ向かっていた。



「それで、立ち直ったのか?」

「微妙かな」

「まだ落ち込んでいるのか?」

「僕、考えたんだ」



 セニャはこちらに顔を向ける。



「考えったって、何をだ?」

「僕は、死ぬのが怖いよ。死にたくなければ、生きるしかないんだ」

「そりゃあ、そうだな」

「ねえトキト!」



 セニャは声をことさらに明るくする。



「どうした?」

「ギルドを作ろうよ」

「ギルド? 誰が、誰と?」

「トキトが、私と」



 俺はあごに手をつける。

「ギルドか」

「うんうん」

「目的を聞いても良いか?」



 セニャが顔を前に向ける。

「誰にも負けないように。殺されたりしないように。助け合う。そういうギルドを作りたい」



「俺は……」

 眉間にしわを寄せる。



「トキトは、反対?」

「反対というか、これはデスゲームだから。仲間が死んだりしたら、悲しくて仕方ないような気がするが」

「死なないように強くなるんだよ!」

「ふーむ」



 セニャが俺の正面に回った。

 俺は立ち止まる。



 彼女は右手で、俺のオデコをコツコツとたたいた。

「トキト、ギルド作ろう!」

「……分かったよ」



 俺はしぶしぶ頷いた。続けて、

「団長は誰がやるんだ?」



「決まってるじゃん」

 セニャは両腕を腹にくむ。

「トキトでしょ」

「俺か?」

「うんうん。あ、なんか楽しくなってきたー!」



 セニャはその場で一回転した。

 俺は腹がしめつけられるような緊張を感じていた。



 また並んで歩き出す。



 村の広場は閑散としていた。

 あんなことがあった後だからだ。

 みんな、違う場所に行ったのだろう。

 血だまりは消えている。

 時間が経つと消える仕組みのようだ。



 防具屋にたどり着く。



 硬貨はカバンにぎっしりとあった。

 防具を一式そろえられると思っていたのだが。

 実際買えたのは皮の鎧だけだった。

 自分の分と、セニャの分も買ってやると、金はほとんど無くなった。



「あ、ありがとう」

 セニャが涙目でお礼を言った。



 すぐ泣くやつである。



 皮の鎧はデザインがダサかった。

 ゲーム経験が人並みにある俺は、防具を非表示にする方法を見つける。

 ステータスボードの設定でON/OFFをいじることができた。



 そのことをセニャにも教えて、彼女も非表示にする。



「これからどこへ行くの?」

「俺は一度、ログアウトするよ。もう三時だけど、昼食も食べてないからな」

「あ、僕もだ。忘れてたよ」

「じゃあ、一度ログアウトしよう」

「ね、ねえ、トキト」

「何だ?」

「トキトの部屋って、ホテルの何号室?」

「え?」



 このゲームに参加しているプレイヤーの数は三千人ほどいるという説明を前に受けた。



「俺の部屋に来るのか? でも、ホテルが違うんじゃないか?」

「同じかもしれない」



 なるほど。



「404号室だ。一応、覚えておいてくれ」

「あ、それじゃあ、昼食を食べたらさ。三十分部屋で待っていてくれない? もしも僕が来なければ、あきらめて、ログインしてよ」

「分かった」

「うんうん、それじゃあ、また後で、だね!」

「ああ、またな」



 俺たちはログアウトした。



 ホテルの食堂。

 午後三時過ぎの室内は空いていた。



 今回もサラダとご飯だけにしようと思ったのだが、大皿に何枚も載せられたトンカツが、おいでおいでしていた。



 仕方ない。



 俺は自分の食欲に従って、トンカツをオボンの皿にのせた。



 テーブルにつき、トンカツにソースをかけてハシでかじる。

 じゅわっと、口いっぱいに甘いあぶらの味が広がった。

 これはうまい。



 がつがつとご飯をかっこんでいく。



 そして。



 オボンと食器をテーブルに残して、食堂を出る。

 自室への通路を歩いていると、部屋の前に一人の女子が背中を預けている。



 セニャ……なのか?



 俺は近寄る。



 彼女は顔を上げた。

「トキト!」



 ゲーム内と全く変わらない容姿に驚いた。

 そう言えば、このホテルに着いた最初、機械の上に寝かされた。

 あの時に俺たちの姿をインプットされ、ゲーム内で再現しているのだろう。



「セニャ、同じホテルだったか」

「やったあ! そうみたいだね。ついてるう」



 俺は部屋の前で、顔認証システムのロックを解除した。

 扉を開ける。



「とりあえず、入るか?」

「うん!」



 俺たちは室内に入る。

 とは言ってもベッドとゲーム機器しかない。



 ベッドに並んで座った。



「僕の部屋は606号室だから、覚えておいてね」

「606な、ああ分かった」

「それでなんだけど、トキト」

「ああ」

「えへへ。ギルドの名前を決めないとと思って」

「名前か」



 俺は下を向いて考える。

 すぐに顔を上げた。



「ギルドをどんなふうにしたいか、にもよるんじゃないか?」

「どんなふうって?」



 セニャがこちらに顔を向ける。

 足をぶらぶらとさせている。



「メンバー数はどのくらいにするか、とか」

「トキトは、何人がいいの?」

「そうだな……」



 あごに手をつける。



「最初は、4人ぐらいで良いんじゃないか?」

「うんうん」

「セニャはどう思うんだ?」

「僕も、それで良いと思う」

「じゃあ、少数精鋭、とか、そういう名前はどうだ?」

「ブブー」



 セニャが言ってほほ笑んだ。



「そんなダサい名前ダメだよ」

「じゃあ、どんな名前が良いんだ?」

「格好良いの」

「そんなこと言われてもな」



 俺はまた考える。

 そして閃いた。



「猫」

「え?」

「セニャって、ニャがつくから。ギルド名にも猫を取り入れてみたらどうだ?」

「いいかも! 僕、猫大好き」

「そうか。じゃあ、野良猫の住処、なんてどうだ?」

「野良猫かあ、僕たち強制的とはいえ、親元を離れたから、野良猫みたいなものだもんね」

「そうだろ?」

「うんうん、それじゃあギルド名は、野良猫の住処で決定!」



 セニャが右手の指で輪っかを作る。

「それじゃあ、これからメンバー集めにはげむよ!」



「そうだな」

 俺は苦笑する。

「そろそろ、ゲームにログインしないか?」



「うん!」

 セニャは立ちあがる。

 こちらに顔を向けて、

「それじゃあ、ゲームでね」



「ああ」



 彼女が部屋を出て行く。

 俺はまたフレームギアのヘルメットをかぶり、ベッドに横になる。

 スタートボタンを押した。



 こうして俺たちのギルド、野良猫の住処は始動となる。

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