2-9 命の花
リゼットの森にたどりつく。
木漏れ日の下を歩いていた。
「ふんふんふん、ふんふんふんふーん」
サクは鼻歌をうたっている。
ご機嫌だ。
メイと俺は並んで歩いていた。
「トキくん、何か隠してる」
彼女は前を向いたまま言った。
「い、いや、そんなこと無いけど」
俺はしらばっくれた。
「何で隠すの?」
メイがちらりと顔を向ける。
「い、いや、だから」
「別にいいけど」
彼女は、また前を向いた。
後ろでは、セニャとノノが何か話をしている。
「ノノ、セバスチャンさあ、まだ戦ってくれないの?」
ノノは首を振った。
「まだでございます」
「そ、そっか。見る分には可愛いけど、できれば戦って欲しいわよね」
セニャが亀のしっぽをつかんだ。
「グワッ」
亀が怒ったように身じろぎする。
「セニャさん、イタズラをしてはいけません」
「ああ、ご、ごめん」
手をはなした。
そして。
途中出くわしたグリーンラビットたちは、こちらから仕掛けない限り、攻撃をしてこなかった。
温厚な性格のモンスターである。
悠々と進むことができた。
ふと、セニャが言った。
「水の音が聞こえるわ」
「本当」
メイが耳に手を当てる。
「みなさま、向こうに泉がございます!」
ノノが目を大きくした。
指さしている。
「へへっ、オイラが一番乗りーっ」
先頭を歩いていたサクが両手を水平にかかげた。
「待て待て、急ぐな、サク」
俺は辺りを警戒した。
凶悪なモンスターはいないか?
常にみんなの安全を確保したかった。
森がひらける。
そこには小さな泉があった。
地面から水が湧き出ているようで、下流へと川を作っている。
「わあ、すごいすごい!」
セニャが速足で進んで、泉の前にかがんだ。
両手で水をすくう。
「あれ! あったかい」
温水だろうか?
メイも近寄る。
泉に手を差しこんだ。
「本当、温かい」
ノノも同じように、水の中に手を入れた。
「天然の温泉でございますね!」
みんなと並んで、俺はしゃがむ。
「おー! すごいなっ」
泉の水に手で触れる。
温度は40度ぐらいだろうか。
サクが指さした。
「あ! 花だ!」
見ると、泉の中心にだけ、地面が大きく盛り上がって顔をだしている。
そこに一輪の花が咲いていた。
綺麗なムラサキ色の花である。
「オイラ、取ってくるよ!」
サクが服を着たまま泉に両足をつっこむ。
ざぶざぶと泳いだ。
「サク!」
メイが追いかけて、泉に入る。
「おい、待てって」
俺も同じく入る。
「仕方ないわねー」
セニャがあきれた声でついてくる。
「みんなで温泉でございますか?」
ノノも追いかけてきた。
「グワー!」
亀が喜んだ声を上げていた。
ノノの背中から離れて、泉を泳ぎだす。
よっぽど気持ちが良いようだ。
亀は目を細めている。
泉の深さは浅かった。
俺のへそまでしか水位がない。
それでも身長の低いサクには深かったようだ。
泳いで、泳いで、盛り上がっている地面にたどりつく。
その時だ。
サクの目の前にモンスターが出現した。
……いや、ちがう。
1人の少女だった。
少女は修道女のような格好をしている。
神秘的な刺繍の入った服であった。
サクは驚いて見上げている。
「だ、誰?」
「少年よ」
修道女は目をつむっている。
両手を握り合わせていた。
HPバーはない。
そこに名前だけが表示されている。
ラナサ
「少年よ、花が欲しくば、なぞに答えなさい」
「サク、下がって!」
メイが焦っていた。
急いでサクの前に立ち、剣と盾をかまえる。
俺は言った。
「メイ、大丈夫みたいだ」
サクは顔をひねっている。
「な、なぞって、何だい?」
ラナサは両目をひらく。
色の無い瞳だった。
「花と、芸術家の描いた絵と。美しいのは一体どちらですか?」
「そ、そんなの、決まってらい!」
サクは声を張った。
「花」
「どうしてですか?」
ラナサはまた両目をつむる。
「だ、だって、花は生きてるじゃないか。絵は、綺麗だけど、生きてはいない。だからだよ!」
修道女がにっこりとほほ笑む
「花は散るから美しい」
うっすらと消えていく。
「この命の花をどうぞ。少年よ」
完全にいなくなった。
メイとサクが泉の中心の地面に上がっていく。
サクがムラサキ色の花を摘みとった。
後ろから来ていたみんなが地面に上がる。
亀だけは、のんびりと泉を泳いでいた。
サクが振り返る。
顔を赤くしてうつむいた。
そのままノノに歩み寄る。
ノノは、ん? と言って顔をかたむけた。
サクが右手をさし出す。
「ノノ、プレゼントだよ」
ノノの顔にパアッと花が咲いた。
びっくりしたような笑顔である。
みんなも驚いていた。
知っていた俺は、満足そうに頷いた。
ノノが両手で花を受けとる。
「サクさん、こんな素敵な花を、ノノカに、ありがとう存じます」
彼女はムラサキ色のそれを、自分の髪にさした。
チャーミングな両目を細めて微笑む。
サクは嬉しそうに、
「ノノ、これからは、オイラのこと、サクさんじゃなくって、サクって、呼び捨てで呼んでおくれよ!」
右手で鼻の下をこする。
ノノは頷いた。
「了解いたしました。サク」
「へへへっ」
良い雰囲気だった。
セニャとメイが、俺の隣に来た。
小声で、
「トキ、こういう事だったの?」
俺は頷く。
「言ってくれれば良かったのに」
セニャは悔しそうだ。
メイが俺の腕にふれた。
「トキくん」
俺は顔を向ける。
メイは笑顔だった。
涙すら浮かべていた。
……え?
びっくりした。
「本当に、本当にありがとう」
弟の幸せを喜んでいた。
「あ、ああ」
そう答えるほか無かった。
俺は地面に腰を下ろす。
セニャとメイも座る。
視線の先では、サクとノノが楽しそうに話している。
微笑ましい光景だった。
「僕、この場所、気に入った!」
セニャが宣言した。




